第12話

 電車のドアを抜けると、依然衰えていない暑さにうんざりとした。早く家に帰ろう。そう思い、俺はこれまでも幾度となく降りた駅を、いつものようにして改札へと向かう。

『並木太陽はまだ初恋を忘れられていないのではないか』

 剣谷の言葉が頭を過る。もちろんそんなはずはない、と思う。けれど、普段俺の隣を歩く彼女を見て、妙な既視感のようなものを抱いたことがないとは言えなかった。その時はその感情を安心感だと思って深く考えないようにしていた。夢で出てきた女性の顔を覚醒してから上手く思い出せないこともあった。夢の内容を思い出せないなんてことは別に珍しくもないことだ。けれど、今ではそこに特定の女性の顔が重なりそうになる。俺の初恋の女性。その顔はあの夢の中の女性と合致するだろうか。……何とも言えなかった。

 剣谷曰く、俺の今の彼女は俺の初恋の人と重なる部分が多いらしい。そのことについて、俺は今まで自覚的ではなかった。今でも剣谷の言うことをまともに受け取るつもりはない。だが、言われてみて初めて思うことがある。

 俺は本当に初恋を引きずっていないと言えるのだろうか。彼女が初恋の人の代わりでないと言えるだろうか。いや、代わりという言葉は適当ではないかもしれない。

 俺は本当に彼女のことが好きなのだろうか。

 何というか、今日は普通じゃない。ただでさえ終業式という、学校において特別とも言える行事があったというのに、学校帰りにプレゼントを買うなどという普段はしないことをして、剣谷にも再会して、普段なら入らないような喫茶店にも連れられて入った。

 有り体に言ってしまえば、随分と疲れた。嫌なことがあったというわけではない。ただ、元々想定していた一日よりも忙しくなったせいで、身体的というよりかはどちらかというと精神的に疲れた。

 ズボンの後ろポケットからIC定期券を取り出し、それを改札に翳す。定期券の区間内利用ではなかったため、改札からは通常の通り抜け時の電子音が鳴る。そういえば、夏休みで出掛ける機会も増えるだろうから、次の利用の時にでも少し多めにチャージしておいた方が良いかもしれない。

 ぼおっとそんなことを考えながら、俺は改札を抜ける。

「あれ?」

 そういえば、俺は先ほど今日という日を評して普通ではないと思った。しかし、少し思い違いがあったようだ。それは、今日という日を総括するにはまだ少し早すぎたということだった。

「やっぱり、太陽だよね。久しぶり」

 自転車に乗った女子高生はわざわざ俺の目の前に自転車を止めると、そうして聞き覚えのある声で声を掛ける。

 今日は何という日だろう。

 俺の初恋の女性、涼風すずかぜすずは中学の頃と少しも変わらない笑顔でそこにいた。

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