第7話

 商店街を歩いていると人の顔が良く見える。普段はこんな時間に繁華街にいることなど滅多にないから、都会とはいえ平日にも関わらずこれだけの人が集まることに驚く。きっと、頭上を覆うかまぼこ型のアーケードで日差しがある程度遮られていることも無関係ではないだろう。

 中には俺と同じ学校の生徒が制服のままで歩いているのもちらほらと見かける。目の前にいる二人組の女子生徒もやはり俺と同じく学校帰りにそのまま寄ったのだろう。ただ、それにしては荷物が多く、ショッピングや何かを楽しむには少し不自由しそうだった。胸元のリボンの色を見たところどうやら一年生のようで、そこから想像するに入学して初めて経験する終業式に勝手がわからず、事前に要領よく荷物を持って帰ることをしなかったのだろう。

「ねーなんでこれ持って帰んないといけないわけ? これなかったら手空くのにさあ」

そう不満を溢す彼女らを見ると、やはり上履きを入れているであろうシューズ入れを手に持って歩いている。しかし、そう考えると、あれよりももっと荷物の多かった茅ヶ崎は何だったのだろう。

「あれ、並木の高校の人だよね」

 高い位置から声が掛けられた。

「そうだけど……」

 突然の問いかけについ生返事になってしまう。

「ふうん、じゃあ今日並木の高校も終業式だったの?」

「まあ、そうだけど、なんで……」

 俺はどうしてそんなことを聞くのかと、つい怪訝な目を向けてしまう。

「いや、並木の高校の生徒が見る人全員制服だったから。並木の高校って確か私服OKだったよね。だから、今日は制服を着ないといけない式典、日付を考えると終業式なのかなって思っただけだよ。まあ本当はうちの学校も今日終業式だったからていうのが大きいんだけど」

 声の主、剣谷けんたに犬汰けんたはそう言うと爽やかに笑った。正確に言うと、こいつ自身がそう名乗ったから一応そう呼んでいるだけで、今日初めてこいつに声を掛けられてからというもの、俺はこいつの正体に未だに確信が持てないでいた。

「もう一回聞くけど、お前本当にあの剣谷なのか?」

「そうだけど、何、どこか変わった?」

 剣谷は不思議そうにそう問うが、俺の目にはそれはもうよっぽど変わったように見える。

「だってお前、どうしたんだよその身長」

 俺の知っている中学のころの剣谷は当時の俺とそう変わらない身長だったように記憶している。俺がクラスの背の順ではどちらかというと前から数えた方が早かったから、剣谷にしても同様だっただろう。それがどうだ。今、目の前にいるいかにも好青年然とした人物の身長は、おそらく俺の今のクラスメイト全員よりも高いくらいだろう。当の本人は「高校入ってからぐんぐん伸びちゃって」と話している。

 いや、身長だけではない。目鼻立ちなどは中学のころからはっきりしていたように思うが、当時は年齢特有の幼さゆえに、良く言えば可愛がられるような、悪く言えば弄られるようなタイプだったはずだ。今ではその幼さが抜け、純粋に端麗な顔立ちが際立っている。それに加え、中学のころはただの天然パーマという印象だった癖毛も、今はスタイリングでもしているのだろうか、その癖が上手い具合に活かされており、どこかこなれ感のようなものを感じる、ような気がする。

「ていうか、俺はお前のことわからなかったのにお前には俺がわかったんだよな。てことは俺は中学のころから大して変わってないってことか」

「あはは、まあ並木は独特の雰囲気があるからわかったんだと思うよ。近寄るなオーラみたいなものが見えたから」

「今確信した。その言い草は間違いなく剣谷だ」

 そうして、俺はようやく、今横を歩くこの男が中学の頃の友人であると確信したのだった。

 当時、俺たちは通っている学校こそ違っていたが、隣町にあった同じ塾に通っていた。住宅街の中にある個人経営の小さな学習塾で、通う生徒数も少なかったため、中学二年のほぼ同時期にそこに通い始めた俺たちはすぐに仲良くなった。親に言われて通い始めた塾だっただけに決して積極的にはなれなかったが、それでも剣谷がいたから少しは楽しかったように思える。

 剣谷が今日、こうして繁華街にいたのは、どうやら書店で本を買うことが目的だったらしい。手に何も持っていないところを見ると、本は買ったが袋を貰わなかったか、袋ごと鞄に入れたのか、もしくは何も買わなかったかのどれかだろう。俺が昼ご飯をまだ食べていないことを伝えると、剣谷は「それなら良いところを知ってる」と言って、そのまま案内してもらう運びになったのだった。

 そして、先ほどから二人で歩いていると、明らかにこちらへの視線が多いことに気が付く。道行く人たちがちらちらとこちらを見ているのだ。もちろんその視線の先にいるのは俺ではない。こいつ、ひょっとすると高校ではめちゃくちゃモテているんじゃないか。

 そんなことを考えながら歩いていると、横を歩く剣谷の足が止まった。俺も足を止め、剣谷の目の先を追う。そこにはなんと、先ほど何を売っているかわからないとスルーした如何にも怪しげな雰囲気漂う、外装を蔦で覆われた煉瓦造の店があった。もう一度見てみてもやはり入りたいと思える外観をしていない。店の上部に取り付けられたファーサイド看板にしても、伸び切った蔦のせいで店名がよく読み取れない。もしかしなくても、剣谷はここに入ろうと言うのだろう。そうして俺が戸惑っていると、剣谷はなんでもないことだというように物怖じしない様子で扉を開けて中に入っていく。遅れないよう、意を決して俺も後を追う。ひとつ願わくは怪しい壺など買わされませんように。

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