第6話
俺は夏が嫌いだ。暑さや日差しもそうだが、ただ歩いているだけで汗が止まらなくなるのも不快極まりない。そのくせイベントは目白押しなせいもあって、それらに参加しないだけで勝手に夏というものに取り残された感じがしてしまう。それも気に食わない。
「夏め……」
俺は額の汗を襟元で拭いながら口の中でそう呟く。
ところで、どうして俺がこんなにも鬱屈した気分になっているかといえば、単にさっきまで冷房のよく効いた百円ショップにいたからというだけだった。店内から自動ドアを抜けた瞬間の、あのまるで俺のことを狙っていたかのように身体に纏わりついてきた熱気が、俺をこうも沈んだ気分にさせたのだ。
俺は百円ショップの白いビニール袋を手に、もう一方の手に持った500mlのペットボトルの口を開け、中のサイダーを口の中に流しこむ。炭酸が喉を通り抜ける感覚が気持ち良かった。一気に飲んだせいで口の淵から溢れたサイダーが水滴となって地面に落ちる。
ひとつ夏の良いところを挙げるとすれば、この瞬間くらいだろうか。
俺はペットボトルの口を閉め、そして何とはなしに空を見上げてみた。相変わらずの快晴にうんざりしつつ、太陽がまだ高い位置にあることを確認する。苦労しながらも目当てのプレゼントは買えた。けれど、せっかく繁華街に来たというのに一つ買い物をしただけで帰るというのもどこか味気ない。辺りを見回すと社会人らしいスーツ姿の人や俺と同じくらいの学生までが、みな腹を満たせる何かを求めて歩いているように見えた。
俺もどこかで昼飯を食べて帰ろうか。そもそも、今日は親には用事があると伝えてあるから、家に帰っても食べるものはないはずだ。そうと決まると、ポケットからスマートフォンを取り出して時刻表示を見てみる。買い物に時間を使いすぎたせいで、デジタル時計の表示はもうすぐ14時になりそうだった。ランチタイムは店にもよるだろうが、そろそろ提供が終わってもおかしくない時間だ。
早く入る店を決めてしまった方が良いだろう。とはいえ、今いる場所が繁華街なこともあり、見回してみても高校生一人で入るにはハードルの高い店もいくつかある。一見お断りらしいとんかつ屋に、行列の終わりが見えないラーメン屋、妙な蔦のようなものが絡まった煉瓦造の何を売っているのかすらわからないような店。そもそもあそこは食品を提供する場なのだろうか。それすらもわからない。そんなような事情に懐事情も勘案すると、さらに店の候補は少なくなる。高校生のランチタイムはこれでなかなか難易度が高い。
そんな調子で繁華街を色々と見て回ってはみたものの、結局これといった店を見つけることもできずにいた。あまり選り好みをしているとランチタイムを過ぎてしまいかねない。それに、この暑さも探し物には向いていない。そろそろ無理やりにでもどこか入る店を決めてしまった方が良いだろう。これで見つからなかったら諦めてチェーン店に入るか、コンビニで何か弁当でも買って家で食べることにしよう。
そう考えて俺は来た道を戻ろうと踵を返した。
「あれ? 並木?」
すると、突然誰かが自分の名前を呼んだような気がした。けれど、こんなところで自分の名前を呼ぶような人物に心当たりもなく、そのため俺は構わずに歩いていこうとした。
「並木
今度ははっきりと自分の名前が聞こえた。俺はその声の方を振り向く。すると、男子高校生が一人、俺の方を向いて立っていた。男子高校生だと思ったのは、白のワイシャツに紺のパンツを身に纏っているからだったが、そうでなければ俺はその人物が高校生だとはわからなかっただろう。そいつはやけに身長が高かった。
「やっぱり並木だ。久しぶり」
ところで、この時の俺が目の前に立つそいつが誰かがわからず、ただただ曖昧な笑みを浮かべていたことは言うまでもないだろう。
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