第5話
駅のホームはそのほとんどが俺たちと同じ制服を着た生徒で埋まっており、反対側のホームも同様に生徒らで埋め尽くされていた。そのため電車の中も混雑するかと思いきや、先に普通列車が来てくれたおかげか、俺たちの乗る特急列車にはそれほど多くの人が乗ることはなかった。とはいえ、それでもいつもと比べて人が多いことに変わりはない。結局、俺も汐帆も座席には座れず、二人横並びでつり革に捕まることになった。
こうして人が多くそのほとんどが直立している環境にあっては、やはり汐帆の背の高さが際立つ。辺りを見回してみても、女子生徒の中で彼女よりも背の高い人はいそうにない。
俺は気持ち少し見上げるような恰好で、汐帆の横顔を覗き見る。彼女の顔の輪郭がはっきりとして見えた。彼女は窓の外を見ていた。俺もそちらに目を向ける。とはいえ、住宅街とその後ろに山並みが見えるくらいの、幾度となく見た景色に取り立てて思うところもなかった。彼女は何を思って車窓を眺めているのだろう。
思えば、彼女と出会ってからもう一年以上が経つ。
車内に次の停車駅が近づいていることを知らせるアナウンスが流れ、俺の意識は現実へと引き戻された。
傍から見て、俺たち二人の関係はどのように見えているだろう。不釣り合いだとは思われていないだろうか。もしかすると、恋人同士だとも思われていないかもしれない。
俺はもう一度汐帆の方を見る。いつもであれば俺と汐帆は次の駅で一緒に降り、俺はそこから各駅停車に乗り換え、汐帆はそのまま徒歩で帰る。けれど、今日の俺はもう少し電車に揺られる必要があった。
電車はゆっくりとその速度を落としていき、だんだんと駅へと近づいていく。電車が大きく揺れ、俺はつり革に捕まる手に力を込める。こういう時の現象を何というんだったか。確か慣性の法則だったような気もするし、摩擦力だったような気もする。いや、その両方だったか。生憎、俺は理数に強くない。次第に揺れが収まる。
「俺、今日はもうちょっと乗ってるな」
俺は汐帆にそう伝える。
「そうなんだ。買い物か何か?」
汐帆も特に心当たりがあって聞いたわけではないだろうが、俺は思わずドキリとしてしまう。この駅を過ぎれば、この電車が次に停まるのは繁華街だ。そこに行く予定として、まず買い物という選択肢が挙がってくるのは当然のことだろう。俺は内心の動揺がなるべく態度に出ないように答える。
「まあ、そんなとこ」
不自然に思われてはいないだろうか。汐帆の顔を窺ってみても、その表情から彼女の内面はうまく読み取れない。
やがて電車が完全に停車し、ドアが開く。
「そっか。じゃあ、また連絡するね」
そう言うと彼女はつり革から手を放し、胸の前で小さくひらひらと手を振りながら電車を降りた。そして、車掌のアナウンスの後、ドアが閉まってからも彼女はしばらくの間、向こう側で俺のことを見てくれていた。
電車はゆっくりと進み始め、やがて駅ごと、彼女の姿は見えなくなる。
見慣れた街並みを窓から眺めながら、俺はようやく胸を撫で下ろす。幸いにも彼女に気付いた様子はなかったように思う。
これから彼女へのサプライズプレゼントを買いに行くというのに、知られてしまうわけにはいかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます