第3話
茅ヶ崎と俺と潮見は、茅ヶ崎が少し先を行く形で正門を出ようとしていた。ふと、俺は今出てきた校舎を振り返る。これから一ヵ月以上もこの校舎に通わないのだから、何か感慨のようなものでも湧くかと思ったが、意外とそんなこともないようだ。特に校舎を目に焼き付けるようなこともせず、俺は茅ヶ崎が進んでいった方に顔を向ける。
「ちょっと茅ヶ崎さん」
すると、俺より数歩先にいて先に外へ出ていた茅ヶ崎に声を掛ける者があった。
「何ですか、そのだらしのない恰好は」
茅ヶ崎に声を掛けた女性教師、實島先生(憶えなくていい)はどうやら門の外側で生徒らの様子を見ていたようだった。普段はこんなところに教師などいないから、夏休み前の終業式という今日、わざわざ見張っていたのだろう。側には律儀にパイプ椅子までもが設置されていた。そんな彼女にとって、リュックサックを身体の前に持ち、そこから色々とはみ出している茅ヶ崎は恰好の獲物だったのだろう。それでなくとも茅ヶ崎は髪色のせいで少し目立ちやすい。
彼女に捕まった茅ヶ崎はこちらを見て露骨にうえっと舌を出す表情を作った。
「夏季休暇だからと気を緩めないようにHRで伝達があったはずですが」
「あはは……すいません」
これはどうも長くなりそうだった。茅ヶ崎は説教の隙を見て、こちらに向かって両手を合わせて「ごめん」のポーズを作る。實島に捕まるとかなり長引くというのは生徒たちにとっては有名な話だった。以前に他の生徒が捕まった際には、たっぷり三十分は解放してもらえなかったと聞いたことがある。茅ヶ崎のあのポーズは謝罪と同時に先に帰ってくれという意味だろう。少なくない期間を一緒にいて、こういうことは以前にも何度かあった。横にいる潮見も茅ヶ崎の意図を汲んだようで、少し名残惜しそうにしながらも捕まっている彼女に向けて胸元で小さく手を振った。潮見からのハンドサインを受けた茅ヶ崎はいつもの笑顔を顔に浮かべる。けれど、その笑顔のタイミングが悪かった。
「あ」
潮見が思わず声を出した。
「ちょっと茅ヶ崎さん、人が話しているのに何がそんなに面白いんですか?」
「え? あー、いやあ、ちょっと……」
なおも余裕そうな表情を浮かべる茅ヶ崎を見て實島が詰める。茅ヶ崎には申し訳ないが、ここは先に帰らせてもらうとしよう。
俺たちはちらちらと彼女の方を気にしながらも歩を先に進める。どうやら茅ヶ崎の飄々とした態度が余程癪に障ったようで、實島は他の生徒に聞かせるような声量でなおも甲高い声を響かせる。
「大体その髪色だって、いくら校則で許されているからといって派手すぎますよ。スカートだってこんなに短くして。これではうちの学校──」
正門から遠のき、次第に教師の声も小さくなってきたところで俺はもう一度茅ヶ崎の方を振り返った。俺が高校二年の一学期に最後に見た学校の姿は、正門で怒られる女子生徒とそれを憐憫の表情で見ながらも、巻き込まれないように少し遠くを歩く生徒らの図になった。
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