第2話

 昇降口に降りると俺たちの他にも同じく帰途に就こうとする生徒らが多くいた。しかし、下駄箱を見てみるとまだそれなりの数の生徒の靴が残っている。俺たちの通うこの学校では、学期の終わりになると各々で上履きを持って帰ることになっているので、終業式の今日は本来なら下駄箱には靴どころか上履きすらも残らない。なので当然、それらの生徒は帰っていないということになる。部活動であったり委員の活動であったり、その理由は様々だろうが、そのどちらにもあまり積極的ではない自分にとっては少し想像のし難いものだった。もっとも俺も高校に入学した当初から今のようにスクールライフに消極的だったわけではない。色々と緩いうちの学校ではあるが、部活動だけは例外的に入学して一ヵ月以内にどこかしらに入部しなければならないことになっている。俺は新聞部に入部した。新聞部を選んだのに大した理由もなかったが、強いて言えば、小学校の時に当番制で担当したクラス新聞が、でたらめで書いたわりに当時の友達数人にウケた記憶があったから。それと、他の部活動に惹かれなかったからというのもある。そんな調子で入部先を決めたものだから、思っていたよりも熱心な活動内容にギャップを感じてしまい、結局半年もしないうちに辞めてしまった。方向性の違いとも言えるかもしれない。バンド間で売れる曲を作りたい派閥と本当にやりたい曲を作りたい派閥があるとして、自分はそのどちらにも大して興味が持てなかったのだ。もしかすると、俺は最初から消極的だったのかもしれない。

 下らないことを考えながら、俺は下駄箱から自分の靴を取り出して履き替える。そして履いていた上履きをシューズ入れへと移し、それをそのままリュックサックの中に入れる。終業式の前に日を分けてせっせと荷物を持って帰ったおかげで、鞄の中はペンケースと成績表を入れたクリアファイルくらいしかなく、靴を入れた袋は難なく入ってくれた。ただ、終業式で持ち帰る荷物も少ないだろうと、今日はいつもの教科書が難なく数冊入るリュックサックではなく、小さめのリュックサックを選んでしまったせいで、鞄はほとんどが埋められてしまった。しかし、それでも一年のころに比べれば随分と改善された。当時は高校生活の要領というものが分かっていなかったため、手が千切れそうな重い、もとい思いをしながら、鞄に入りきらない荷物を身体中に担いで帰った覚えがある。二年目ともなると流石にこういうところにも気が回るようになってきた。ついこの間入学したばかりのような気がする一方で、こういった知恵の蓄積は確かに自分が高校生として、少なくない日々をこの学校で過ごしてきたのだという実感を与えてくれる。俺はリュックサックを背負いながらそう思った。

「並木くん」

 帰る支度が整ったところでちょうど声を掛けられる。声のした方を向くと、既に帰り支度を済ませた様子の潮見が立っていた。通学鞄のリュックサックの他に何も持っている様子はないため、彼女もやはり計画的に荷物を持って帰ったのだろう。しかし、彼女の周りには一緒にいたはずの茅ヶ崎の姿が見えない。

「あれ、茅ヶ崎は?」

「うん、それが……」

 俺が尋ねると潮見は困ったように少しだけ目を伏せた。何かあったのかと彼女のクラスの下駄箱がある方向に目を遣ると、ちょうど帰り支度を済ませた茅ヶ崎がこちらに来るのが見えた。

 いや、これでは語弊がありそうなので訂正する。正確には、『帰り支度を済ませられなかった彼女がこちらに来るのが見えた』、だった。

 小走りでこちらに来る茅ヶ崎はリュックサックを身体の前から提げており、大きく開いた鞄の口からは無理やり押し込んだのだろうシューズ入れが半分くらい出てしまっている。

「お待たせ。じゃ帰ろっか」

 彼女は屈託のない笑顔を顔に浮かべ、俺たちに先んじてずんずんと正門へ歩き出した。きっと彼女の鞄の中ではいくつかの今日配布されたプリントが押しつぶされてぐちゃぐちゃになってしまっていることだろう。俺は思わず潮見の方を見る。普段はあまり表情が顔に出ない彼女が、この時は見るからに悩まし気な表情をしていた。それでも、彼女の顔が少し楽しそうにも見えたのは必ずしも俺の見間違いというわけではないだろう。俺も多分、同じような顔をしていただろうから。

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