第11話
ひとしきり笑った後、小波教授は本当に時間がないようで慌ててあの女の声を再生して聞いてもらった。なんとなく言葉になっているが、何を言っているかわからない。教授はそれを興味深げに聞くと、黙ったまま拳を顎に当て考え込んでしまった。
「これは、呪詛かもしれないから声に出すべきではないかもしれないな」
ぎょっとして、教授の顔を見る。真剣な顔をして、何やらテーブルを撫でる動きをしている。純がさっと紙とペンを渡すとそれに文章を書き始めた。
『私を返せ、奪ったもの奪い返す、呪われた民ども、穢れ、壊す、ささげろ、力』
「ラテン語だね。たぶん英語なまりだ。日本語なら口に出しても問題ないかもしれないけど、ちょっと気を付けて取り扱ってね。それと、もうこれには近づかないほうがいいよ」
それだけ言うと、小波教授は時計をちらりと確認して「失礼」とだけ言いさっさと研究室から出ていってしまった。
ドアが閉まり、足音が遠ざかって聞こえなくなったとたん、純と大木先輩が立ち上がり声を上げた。
「心霊だ!本物だ!」
「小波教授のお墨付きだ!」
二人の圧に気圧されて、間で小さくなることしかできなかった。二人は興奮して何かを話し合っていたが、間できょろきょろしている僕をみて大きく息を吐くと椅子に座ってくれた。
「勝手に話を進めてすまん。とりあえずわかっている部分の説明をさせてくれ」
「よ、よろしく」
頬を上気させ息切れしている純が珍しく、戸惑ってしまう。
「気分を害さず聞いてくれるかい。君の尊敬するおじいさんにもかかわる話なんだ」
「大丈夫。とうに覚悟はできているよ」
「おそらく、村で祀られている神様は最近作られたものだ」
「最近作られたもの?でもあの神様、僕が生まれたときから村では信仰されていて……」
「最近って言っても50年以上……第二次世界大戦前後じゃないかと考えている」
僕は全く意味が読み取れず、ただ困惑していた。日本語と、ラテン語を話す神?それが作られた?神様?人為的なものではないのか?
「ちょっと待って、多分洋太郎君は私たちが興奮した理由を最初に知りたいはずよ」
冷蔵庫にもたれかかってお茶を飲んでいた大木先輩から声がかかる。確かに、オカルト好きでもただその熱に浮かされているわけではない純や、仮にも大学院まで進んで研究を続けている大木先輩がはしゃいでいる理由が知りたかった。
「小波教授は私たちとは比べ物にならないくらい年季の入ったオカルトマニアなのはわかるね?」
「はあ、あの年齢ですしそれは」
「教授は何度か本物に出会ったことがあるのよ」
本物?本物とは、心霊現象のことだろうか
「教授の専門は宗教学。私たちよりお堅い学問だけど、それでも神や霊、妖怪といった存在を身近に感じる出来事が多くあったみたい。いわゆる悪魔祓いとか狐憑きの対応とかね」
「教授が口に出さないほうがいい近づかないほうがいいって言ってただろう、教授がああいう慎重な対応をするときは本物が絡んでいるときなんだ」
落ち着きを取り戻していた二人がまた熱っぽく語り始める。僕はいまいち信じきれない。確かに権威ある教授の話だろうが、うのみにするのは違うような気がする。
僕が白けた顔をしていたのだろうか、2人はまた少し冷静になり説明を続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます