第7話

 家に戻ると祖母が昼食を用意していて、僕たちはまたご飯をたらふく食べさせてもらった。そして高くなった日が陰るまで昼寝をする。セミの声と風が通る音が心地よくて、僕たちはぐっすり寝てしまった。

 涼しい風が当たりなんだか肌寒くなって起きると、あたりは夕日に照らされオレンジ色になっていた。少しだけ昼寝をするつもりが、4時間ほどぐっすり寝てしまっていたらしい。隣で転がっている純を起こすと、ほほに茣蓙の跡を付けたまま起き上がり、寝ぼけ眼で足りを見回した後時間に気が付いて覚醒した。

「え、俺たちずいぶん寝てしまったみたいだな」

「そうだな。今日こそ電気柵を立てるつもりだったのに」

 あくびをしながら居間へ向かうと、祖母と光香が座って談笑していた。

「あ、ねぼすけヨウちゃん!そのお友達もこんにちは」

 明るく声をかける光香は、この前と打って変わってずいぶんとラフな格好だ。短いズボンからすらりと伸びた白い足が、僕には目の毒だ。

「また来てやったというのに、いやそうな顔しないでよ」

 ふくれっ面で僕をつつこうとする光香をどうにかかわし、反対側へ座る。横暴な言い方は変わらないが、完全に女の人になった彼女とどう接していいのかわからない。

「まぁまぁ光香さん。僕とお話ししましょうよ」

 また純が割って入ってくれた。光香は都会の話を純にねだり、純は村の風習や暮らしを聞き出しているようだった。

 どうにか光香の興味が逸れてくれたので、僕は祖母にと数日の滞在でやらなければならないことを相談することにした。もちろん、柵の取り付けについてだ。昨日は到着したばかりだったし、今日もずいぶん長い昼寝をしてしまったせいで、作業ができなかった。こんなに良くしてもらっているのに、祖父母のお願いをないがしろにして帰るわけにはいかなかった。しかし、その話をするとまた光香が首を突っ込んできた。

「え、畑の柵を立てるために帰ってきたの?あんなの青年会がやってくれるでしょ。明日は私と遊ぼうよ」

「そんな、そのために帰ってきたのに」

 まごつきながらも反論する。しかし思い出してみると、昼間の散策の時にみた畑は荒らされた様子がなかった。そもそも、山側の畑にはほとんど電気柵が取り付けられていたような気もする。

「私たちがヨウちゃんに会いたいからそう言っちゃったけど、そうよね、ヨウちゃんならそんなこと言わなくても帰ってきてくれたわよね」

 震えるしわがれ声を聴き、祖母に向きなおると目にうっすら涙が浮かんでいた。涙ぐむ祖母を見て、両親の顔が浮かぶ。いつの間にか生まれた村に帰らなくなった娘を持つ親だ。帰省のために何かしらの理由が必要と考えるのは、どうにか絞り出した知恵かもしれない。

「おばあちゃん、僕また来年も来るから。もっと電話もするからね」

「ありがとう。優しいのねヨウちゃん」

 こんな小さなことで喜ぶ祖母に、今まで連絡をしていなかった申し訳なさと、両親への疑問が持ち上がる。うちはごく一般的な家庭だ。サラリーマンの父親に、パートに精を出す母、そして大学生の僕。時々衝突はするけれど、恥ずかしながら両親の愛情を疑ったことはない。人づきあいが苦手ということもなく、近所の人とも仲が良い。そんな両親が、母方の祖父母とだけ関係を断っている。理由は特に聞いてもいないし教えられてもいない。久しぶりに会った祖父母も、昔と変わらず優しい。子供にはわからない確執があったのだろうか。 帰ったらさりげなく両親に聞いてみようと決めた。

 

 話し込んでいると、いつの間にか夕日は沈み夜が来た。結局光香も一緒に晩御飯を食べることになった。祖父も合流し、昨日に引き続きおいしそうなご飯がテーブルに所狭しと並べられる。祖父が日本酒を飲み始めると、光香がご相伴にあずかりどんどんお酒を飲み始めた。飲むたびに顔が赤くなりはじめ、純にまとわりつき始める。僕はそのやりとりで無理やり連れていかれた合コンを思い出し、勝手に気分が重くなる。親戚のこんな姿見たくなかった。

「光香ちゃんお酒飲んでもいいのかよ」

 消え入りそうな声で精いっぱいの抗議をする。

「あんたより4つ年上だからお酒飲めますー」

 光香は赤い顔をして、またコップをあおる。

「光香さんそんな飲み方したら体に良くないですよ。お水も飲んでください」

「優しいね純君は。君みたいなお婿さんが来てくれたらなぁ」

「僕はオカルトと添い遂げる予定ですから」

 そう言って光香からのアプローチをのらりくらりとかわす会話が繰り広げられていた。いくら純でも、さすがに疲れてくるだろう。僕は友達に嫌な思いはさせたくなかった。

「光香ちゃん、純君は都会のおしゃれな女の子にも浴びかな言って有名なんだ。恥ずかしいからやめてよ」

「む、なんだそれ。村一番の美人でもダメなのか!」

「僕にはオカルトのが魅力的ですね」

 最後まで純はさわやかに断り続けたからか、僕が言い返したのが予想外だったのか、光香ちゃんはまたお酒をあおり始めた。しばらくすると目は虚ろになり、かくかく船をこぎ始める。僕たちが食べ終わったころには、すっかり眠り込んでしまっていた。

「もう一つの客間に寝かせといてやれ。君たち、今日は部屋を間違えないようにね」

 祖父はそう僕たちにくぎを刺し、ぐっすり眠る光香を寝かせに行った。


 僕たちも風呂に入って寝る準備を済ませ、部屋にもどった。僕はすこしスマホをいじったら寝るつもりだったけれど、純はパソコンを開いて真剣に何かを書いている。

「純、早いけど僕もうそろそろ寝ちゃうね」

「わかった。僕もできるだけ早く寝るよ」

 結局1時間たっても彼は寝る気配がなかった。明るくても多少音があっても眠れてしまう僕は、まどろみながら純がパソコンをいじっているのを見ていた。ボイスレコーダーを聞いている。早速書き起こしでもしているのだろうか。さすが優等生……そんな姿を眺めながら、僕は眠りに落ちていった。

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