第5話
鳥の声で目を覚ます。さえずりとは言えない甲高い声、おそらく雉の仲間だろう。頭に響く雄たけびだ。横を見ると、すでに純は起きているようで、きちんとたたまれた布団だけがそこにあった。あわてて居間の方へ行くと、祖母と仲良くコーヒーを飲む純がいた。
「おそようさん。ようちゃん朝食は軽めでいいのよね?」
「もう11時だぞ。早速外に行こうじゃないか!」
朝から元気な純は、祖母たちとともに朝早く起床し一緒に朝ごはんを食べた様子。薄暗い部屋でゴソゴソ動いていたのを微睡みながら見たことを思い出す。
「そんな早く起きても、行くところなんてないぞ」
「僕はここに来るのが初めてなんだ。村を隅々までみてみたいし、双恩慈産霊神の祀られている神社にも行きたい。連れて行ってくれないか」
「あれ、おじいちゃんは?」
確か昨日、祖父が案内を買ってでたはずだ。解説付きで贅沢なツアーだと純も喜んでいたのだが。
「じいちゃんは急遽村の会合が開かれるっていってもう家を出ているの。ようちゃん、せっかくお友達が来てくれたのだから案内してあげなさい」
てっきり書斎にでもこもっているのかと思っていたが、既に外出していたとは。祖父は外部の人間だが、村の顔役のような役割をしている。会合があるなら出席しない訳にはいかないのだ。
「わかったよ。久々だしゆっくり見て回るか」
「やった!日が高くなる前に早く行こう」
よく見ると純はもう準備万端なようだ。いつも気合い入れて整えたと自称するツーブロックがワックスで固められ光っている。祖母が入れてくれた麦茶を飲み干し、用意してくれた小さなおにぎりを5口かけて食べて立ち上がった。
照り付ける日差しが肌を刺す。それでも都会より空気が涼しく感じるのはコンクリートが少ないせいだろうか。村の端にある神社まではそこまで時間はかからない。神社の裏手は林になっていて、カブトムシやクワガタ、ほかにもたくさんの虫がいる。子供には絶好の遊び場で、昔はよく遊びに行ったものだ。
「双恩慈産霊神って、この村の土着の神様が神道と合流してできた神様なのかな。二人の神様が合わさって、大した作物に恵まれず飢えに苦しんでいた村を救ってくれたとは聞いたが、元の名前はないのかい?」
「確かに、2つの顔を持つ慈悲深い万物を生む神って、後からつけられた名前っぽいな。ずっとそう聞いていたから疑問にも思わなかった」
「帰ったらデイビッドさんに聞いてみようか」
畑には青々とした葉が茂り、収穫時期を迎えた夏野菜たちが日光を跳ね返し輝いていた。家から神社へは15分くらいしかかからない。汗をぬぐいながら進むと、見慣れた鳥居が見えてきた。
「見たことのない形のしめ縄だ」
純は鳥居を見上げてつぶやく。この神社の特色ともいえるしめ縄は、左右からかけられたしめ縄が中央で交わる形だ。2つの面を持つ神を現しているとか言われていたはずだ。
「ここが神社だ……」
「なかなか珍しい形だね」
記憶にある神社は、流造のよくある古びた神社だったはずだ。今目の前には、なんとも奇妙な社が立っていた。左右で赤と黒に分かれた瓦、社の入り口を隠すように積み上げられた石垣、神社というよりどこかの城を模したような新しく汚れのない白い壁。純は興味深そうに眺めているが、僕は神社の変貌に呆然としてしまった。
「昔はもっと趣のある神社だったんだ。いつの間に建て替えたんだろう」
「こういうのも面白いじゃないか。早速お参りしよう」
社務所もない小さな神社は、ちょうど昼前だからか人の気配がしない。セミの声だけが響く境内を抜け、石垣をよけて本社の方へ回り込む。見慣れた賽銭箱と、固く閉ざされた観音開きの扉があった。僕たちはとりあえずそこで参拝をすることにした。
二拝二拍手一拝で目を開けると、純が閉ざされた扉へ近づこうとしているのが見えた。
「何やってるの」
慌てて純を追いかける。純は僕の制止も聞かずに扉まで進み、そこへ耳を当てた。中の様子をうかがっているようだ。怪訝な顔をする僕に手招きをして、同じことをするよう手振りで伝えてきた。誰もいないはずの社で何が聞こえるというのだろうか。周りを見回し誰もいないことを確認して扉に耳を当てると、誰かが何かを唱える声が聞こえてきた。
「えっ」
漏れ出た声を、純の指が制す。ここは無人の神社だったはずだ。中から聞こえるのは、女とも男と付かない声が何重にも重なって、何か言葉を唱えている。内容は聞き取れない。話しているわけではない。音楽のようにリズムがあり、声量にも強弱がある。祝詞、お経でもなく、マントラでもない。最近習ったばかりの知識を総動員しても、それが何かわからなかった。
純がおもむろに立ち上がり、無言で歩き出す。慌てて立ち上がりついていく。境内を出たところで、純は周りを見回して誰もいないことを確認すると口を開いた。
「あのまじない、聞き覚えある?」
「いや、ない。初めて聞いた」
「僕、あれ昨日の夜に聞いているんだ。獣の鳴き声かと思っていたのだけれど、確実にあのまじないの一部だ」
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