第4話

 遅めの昼食は、祖母が張り切ったことが一目でわかる量だった。山のように積まれたおかずがテーブルに所狭しと並んでいる。鶏のからあげ、野菜の天ぷら、焼いた魚に煮た魚、肉のたっぷり入った煮物、新鮮なみずみずしい野菜のサラダまである。

「これで足りるかしら」

「ごちそうですね!こんなに作るの大変だったでしょう。ありがたくいただきます」

 僕が山盛りご飯と大きな椀に入ったキノコの味噌汁に唖然としている間に、純は早速食べ始めていた。純は体形に見合った健啖家で、気持ちよくご飯を食べ進める。もちろん、味をほめることも忘れない。どんどん吸い込まれていくご飯をみて、祖母は気をよくしたのか、奥からまた山盛りのおかずをもってきた。

「どんどん食べてちょうだいね。デザートには桃を冷やしているわ」

 さすがの純も追加の皿まで食べきることはできず、結局半分ほど残してギブアップだった。

「いやぁ、こんなにおいしいのに残してしまって申し訳ないです。また夕ご飯の時に食べさせてください」

 炭で一本引かれたような眉を下げながら純は申し訳なさそうにしている。それでも僕の3倍くらいは食べていたし、ご飯だってお代わりしていた。食が細い自分の体の薄さが恨めしく、僕は肋骨の浮いた胸元を撫でた。

「大丈夫よ。法事の時なんかもっと作るのよ。余ったものはおすそ分けできるし、気にしないで」

 祖母はニコニコと片づけを始める。昔から余るほどご飯を作る人だったと思い出し、懐かしい記憶にほほが緩む。祖母の反対を押し切り片付けを手伝っていると、玄関のチャイムが鳴った。ぱたぱたと祖母が玄関に向かって、しばらくすると二人分の足音が居間に近づいてきた。

「ようちゃん帰ってきたんだって?」

 祖母の後ろから、どこか聞き覚えのある声の女性が顔を出す。最初は自分の名前を呼ぶその女性が誰だか分らなかった。ぽかんと口を開けていると、

「ヨウちゃん絶対私が誰かわかってないな?」

「……光香ちゃん?」

「正解!久しぶりじゃないの」

 彼女は近所に住む4つ上の従姉の光香ちゃんだった。帰省のたびに一緒に遊んでいたが、その時は髪が短く日に焼けていて、まったく印象が違ったのだ。

「男子三日会わざれば刮目して見よっていうけど、ようちゃんは身長だけしか成長していないようだね?」

 胸まで伸ばした黒髪に、薄く化粧がされてきらきらした目元。もともと女性とかかわる機会が少ない僕はどうしていいのかわからず無言のまま光香に追い詰められる。昔の男勝りな光香ちゃんと変わらない口調なのだが、自分より小さくなってしまった彼女をどう扱っていいかわからなかった。

「えぇ!?洋太郎にこんな美人な知り合いがいるなんて聞いてないぞ!」

「あなたがようちゃんのお友達ね」

「吉田純です。同じ大学で仲良くさせてもらっています」

 見かねた純が割って入ってくれて、僕はとりあえず難を逃れられたと一息つけた。

「ようちゃんとは全然違うタイプね。あなたかなりモテるでしょう」

「いやいや、皆さんそう言ってくれますがね、僕は生まれてこのかたオカルトを追いかけすぎて女の子たちをドン引きさせてきたんですよ。光香さん仲良くしてくださいよ」

「ほんとにぃ?」

「あんまり僕の友達にちょっかい掛けないでよ」

 光香があまりにも純にべたつくから、どうにか声を絞り出し抗議する。

「お、私の子分だったくせに生意気いうようになったじゃない」

「まぁまぁ光香ちゃん、そんなにいじめないでやって。さぁこれ持って行って」

 にじり寄ってくる光香と僕の間に巨大なタッパーが差し出される。昼食の残りが詰められたそれを持って光香は去っていった。

「しばらく滞在するんでしょ?また遊びに来るね」

 不穏な言葉を残して。


 嵐の去った昼食後、僕と純は連れ立って祖父の書斎に来ていた。壁一面に本が並び、もう一面には謎のお面や呪い用の祭具が並べられている。本と樟脳の香りが相まって、博物館にいるようだった。

「純君はこんなにモテそうなのに本当に女の子と付き合ったことはないのかい?」

「おじいちゃん!」

 急に祖父がプライベートな質問に切り込んでくるので声を上げてしまった。祖父は好奇心に突き動かされると途端にデリカシーがなくなってしまうきらいがある。ここは反面教師にしなければと心に誓っている。

「そうですね。僕はオカルトに焦がれているので、なかなか女性と親睦を深める時間がないのですよ。デイビッドさんも覚えはないですか?」

「わかるぞ。しかしいつか運命の相手に会えるかもしれないぞ。私とマチのようにな」

 いつの間にか名前で呼び合うほど打ち解けていて、純の相手の懐に飛び込む速度に毎回驚かされる。

「さて、私の研究に興味があると。在野の分際でこう期待されるとは、大変喜ばしいな」

「なんでも信仰の分布と融合を研究されているとか」

「そうだね。シンクレティズム……日本では神仏習合がわかりやすいかな」

 祖父は敬虔なカトリックの家庭に生まれたと聞いているが、いつの間にかシンクレティズムに興味がわいて勘当されながらも世界各地にわたって研究を行っている。

「中でも、私の興味を引いたのはキリスト教や仏教、イスラム教といった大きな宗教ではなく、土着信仰のなかにあるシンクレティズムだ。小さな村で信仰されていた神が、長い年月を経て村の外からやってきた信仰と習合する、そこには何かしらの理由がある。はやり病、飢饉、自分たちを守ってきてくれた神では救いきれない。しかし見切りをつけることはできず、蕃神と並行して信仰、もしくは融合させる……ほとんど生活の知恵だ。人々の生活がそこにはある」

 久しぶりに聞く祖父の話は、大学で少し聞きかじった程度の知識でもぐっとわかりやすくなっていた。小さい頃は退屈で、何度熱心に聞かされても途中から眠ってしまっていた話も、今では興味深い話ばかりだと分かる。

「この村で信仰されている双恩慈産霊神もそうなのですか?」

「その通り。男女の双面神、世界的にもなかなか珍しい。私の理想とする神だ」

 祖父は机の一角に設えた祭壇に目をやる。中にはもちろん双恩慈産霊神の像が祀られている。

「君たちみたいな若人が民俗学に興味を持ってくれてうれしいよ。私が死んでも誰かがこの研究を引き継いでくれるはずだ」

「縁起でもないこと言わないでよ」

「もちろん長生きするつもりだよ。双恩慈産霊神の研究はまだまだ続くからね」

 

 祖父はお堅い研究をやっているが、オカルトも大好きだ。僕たち三人は、年齢も超えたようにオカルト談議に花を咲かせた。やれ今はやりの都市伝説はどうだ、それのもとになっている話はそれだとか。いつの間にか時間は過ぎ、また祖母が張り切って作ったたくさんの夕食を食べ、すっかり夜は更けて寝る時間になってしまった。

「純、本当に何もない田舎だけど、楽しいかい?」

「あぁ。本当に来てよかったと思っているよ。明日は双恩慈産霊神の祀られている神社に連れて行ってもらえるし、楽しみだな」

 純は本当にわくわくした様子で、目をキラキラさせていた。フットワーク軽くいろんなところに行く純にとって、この田舎はありふれた退屈なものかと思っていたがそれは杞憂だったようだ。ならべられた布団に寝転がると、早速純は寝息を立て始めた。安心した僕は、懐かしい虫の声を聴きながら徐々に眠りに落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る