第3話

 テスト期間も終わり、僕と純は無事に夏休みに入ることができた。

「純、1つも単位落とさなかったんだって?」

「まあな、でも可と良も多いよ。好きだけじゃ難しいな」

「そんなに授業とってなくても可があるよ僕は」

 僕たちは新幹線に乗り、祖父母のもとへ向かっていた。鈍行を使った学生貧乏旅の予定だったのだが、祖父母が金を出してくれたのだ。最初は断っていたのだが、結局直接新幹線のチケットを贈られてしまったのだ。

「しかし、僕の分まで新幹線代を出してもらうのは申し訳ないな。その分頑張って仕事をするから、何でも言ってくれ」

「いいんだよこっちが勝手にやったんだから」

 そうは言ったものの、僕は祖父母の暮らしぶりが気になっていた。2人分のチケットとなればそれなりの金額だ。彼らだって特別裕福ではないはずだ。家だって、玄関がレンガ色のタイル張りで、コンクリートのバルコニーが付いた、2階建ての家。昭和に建てられたであろうそれは、記憶の中でも古びていた。雨漏りはしていないだろうか。純を泊めると話はついているが、今更ながら人の泊まれる環境なのか不安になってきた。といっても、村に宿泊施設なんてないから選択肢はない。

 新幹線の加速に合わせて痛くなる耳に唾を飲み込む。窓から見える風景は灰色から緑に変化していく。そして在来線へ乗り換え2時間、やっと村へたどり着いた。


「ようちゃん、おおきくなったねぇ」

 村から近い駅で祖母が迎えてくれた。小走りに駆け寄ってきて嬉しそうに目じりを下げる顔は、最後に会った時とほとんど変わらない。向こうでは祖父が車の運転席に座り手を振っている。

「よく来たね。純君だっけ?」

「はい。吉田純と申します。洋太郎君とは同じ学部で、仲良くさせてもらっています」

「ははは。あの引っ込み思案だった洋太郎が友達を連れてくるとはな。何もない田舎だが、楽しんでいきなさい」

 純と祖父が大学での話で盛り上がっているうちに、僕は車窓を流れる風景を眺めていた。緑豊かな山々に囲まれた土地、様々な農作物を作る畑と、四角いレンガタイルの家。日本人が想像する田舎そのものだ。しかし村に近づくにつれ、記憶の中にはない見慣れない立派な家がいくつか立っている。金持ちが別荘として使っているのか、田舎には不釣り合いに感じた。懐かしい緑の植物が這った生垣を超えると、祖父母の家に着いた。車から一歩踏み出したとき、僕は息をのんだ。

「え、ここが家?」

 昭和の一軒家があったはずの場所に、大きく立派な家が建っていた。田舎特有のあり余った土地にポツンと立っていたはずの家は、今や敷地の半分ほどを占拠している。コンクリート作りで真四角の外見は、家というより公民館のようだ。道中見た家のどれよりも大きい。

「建て替えしてからは初めてだったよね。気にせず前みたいに過ごしてくれ」

 祖父母に続いて恐る恐る玄関へ入る。まるで旅館のような広い玄関には、前の家でも飾られていた絵画や壺があった。知らない家のようで気まずい思いだったが、見慣れたもので構成された空間に安堵を覚える。

「先に部屋に案内しよう。客間を新しくしたんだ」

 先立つ祖父について家に上がる。隅々まで磨き上げられた家は、人の住んでる気配を感じない。そのくせ新築のツンとした溶剤の臭いはなく、慣れ親しんだ祖父母のお香のような香りがする。

 通された客間は、今住んでいるワンルームのアパートより広い畳間で、二組の布団とちゃぶ台がおかれた旅館のような空間だった。

「趣がありますね。この掛け軸の意匠、玄関の絵と同じですか?」

「よく気が付いたね純君。これはこの村で信仰されている土着の神様でね……」

 掛け軸には双恩慈産霊神が描かれている。男女で対となる双面神だ。この土地でしか信仰されていない神様で、人々に恩寵を振りまくのだという。祖父は、親戚の誰もが聞き飽きた話を楽しそうに聞いてくれる純にマシンガントークで説明を始める。

「神の理想形なんだ。私はそれを求めてこの地へやってきたのだ」

 祖父は両手を広げ、感極まったように声を震わせる。これを毎回やるのだ。小さい頃は祖父の感情の波に乗せられて一緒に感動していたが、何回も聞いていくうち受け流すようになってしまった。

「外から来た人に急にする話でもないでしょうに。ごめんなさいね、怖がらせていないかしら」

「大変興味深いです。もっと聞きたいぐらいですよ」

 祖母が苦笑いで部屋に入ってきた。純は好奇心あふれる顔で、目を輝かせながら答える。実際、後で祖父に話を聞く約束を取り付けていた。

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