第2話

 夏休み前の中間試験ラッシュ。頭がいろいろな科目の知識であふれパンクしそうだ。今日は午前と午後にそれぞれテストがある予定だ。学費分は涼ませてもらおうと開いている時間は図書館で勉強することに決めた。しかしみんなが同じことを考えていた様子で、図書館は普段見ないほどの人であふれていた。人の熱気で室温が上がり、にぎやかな図書館に気後れしてしまった。かといって暑い外に戻るつもりはなく、意を決して図書館へ入った。

「お、洋太郎。隣くるかい」

 グループで固まって占領されている机を避け、外周から開いている席を探していると、後ろから聞きなれた声が聞こえた。

「純。いいのかい?」

「あぁ。いやぁにぎやかで困ってしまうな」

 図書館の隅の少し埃っぽい机に、日焼けした肌をした男性が座っていて、こちらに手招きしていた。友人の吉田純だ。素早く彼の隣を陣取った。

「純がいてよかった。混雑すごいな」

「ほんとだよ。洋太郎はどのくらいテストが残っているのかい?」

「俺は純と違ってほとんど最低限の科目しか受けてないからな。あとテスト2つとレポート2つだ」

「僕はいっぱい受けちゃったからなぁあとテスト4つだよ」

 純は僕と同じ民俗学部の同級生だ。学部別オリエンテーションの時に、彼は明らかに異質だった。スポーツ選手のような筋肉質な体と、大学デビューなどではない、彼に馴染んできちんと整えられていることがわかる外見から、1人だけ別の学部が混じってしまったのかと皆遠巻きにしていた。しかし教授陣が入ってきても、青白いモヤシの中にまじる彼の存在には触れられず、オリエンテーションは始まりつつがなく終了した。そこかしこで場違いな純の存在は噂されることとなった。そして初回の民俗学概論での自己紹介で、「オカルトをより詳しく学ぶために入学しました」と豪語し、周囲をざわつかせていた。やっぱり民俗学部なんだ、オカルト好きの怪しいやつだと確信した。しかし彼は、オカルトの理解に必要だとか言って他学部の言語学や生物学もとれる科目はフルコマで詰め込み、疑問があればフットワーク軽く教授に質問へ行くというかなり外向的なオカルト愛好家だったのだ。同学部でとっている授業は一番多いだろうし、教授からの覚えもよい。面倒見もよく、話の引き出しが多く面白い彼は、最初は遠巻きにしていた同級生たちともいつのまにか打ち解けていた。僕もその1人だった。

「夏休み、洋太郎は地元帰るのかい?」

「いや、今回は母方の祖父母の実家に行くんだ。獣害が酷いらしくて、対策の手伝いに行くんだ」

「え、いいじゃないか!仲がいいんだな」

「それが、実は小学生ぶりなんだ」

 母方の実家へ最後に行ったのは、小学4年生の時だ。小学生にとって緑あふれる野山は絶好の遊び場だったし、なんといっても洋太郎は祖父母のことが大好きだった。しかし母はそうではなかったようだ。小学5年生の頃、祖父母の家に行くことを心待ちにしていたが、夏休み中その話が出ることはついぞなかった。夏も終わりかけた八月後半に、両親に帰省はしないのか聞いてみても、あいまいに笑ってごまかされた記憶がある。年齢が上がるにつれ、部活動や塾にと忙しくなって、帰省しないことについては年々気にしなくなっていた。

「久しぶりに憧れのおじいさまに会えるのか。いいなぁ」

 祖父は僕の大学選びのきっかけになった人物だ。外国出身の祖父はなかなかのオカルト好きだ。好きが高じて、在野の研究者として世界中を飛び回っていた。祖母の田舎にフィールドワーク目的で来訪した際に案内をしてくれた祖母にほれ込んで、勢いで移住し結婚したのだ。パワフルで、誰も知らない話を面白く話してくれる祖父は僕のあこがれだった。民俗学概論の自己紹介ではその話を披露した。

「なぁ、僕も連れて行ってくれないか?」

「え?純は夏休み予定は……」

「ある!いっぱいあるけど……でも洋太郎憧れのおじいさんと是非お話してみたいんだ。力仕事は得意だし」

 純は袖を捲りあげ、日焼けした力こぶをアピールする。僕はしばし考えた。引っ込み思案を心配されていた自分がこんな立派な友人を連れて帰ったとなれば、祖父母は喜んでくれるかもしれない。

「祖父に聞いてみるよ」

「やった!いい返事を期待しているよ」


「もしもし?洋太郎です」

 純を図書館に残し、早速祖父母宅に電話をしてみた。何回かのコールで、久しぶりに聞く祖父の声がした。

「洋ちゃんじゃないか。こっちにくる日程決まったかい?」

「いや、友人を1人連れていきたいんだけどおじいちゃん家に泊めていいか確認したくて」

「友人?それは女の子かい?」

 最初は優しげに話していた祖父の声が訝しげになる。僕は慌てて否定し、純のことを伝えた。

「オカルトマニアの友人か、これは楽しみだ。是非連れてくるといい」

「ありがとうおじいちゃん。純も喜ぶよ」

 電話を切り、純に結果を伝える。

「本当か?うれしいなぁ。じゃあまた日程を詰めよう。連絡してくれ」

 純は次の時限にテストがあると慌ただしくお礼を言って図書館を出ていった。僕は1人机に向かい、次のテストの予習を始める。肌を撫でる心地よいクーラーの風と、本をめくる音、あちこちから立つささやき声の会話が聞こえてくる。予習をする傍ら、ノートの隅に帰省の為の日割りを考え始める。友人と初めての遠出、それも純となら楽しいだろう。テストから意識は逸れ、僕の頭の中はもう夏休み一色になってしまった。

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