第52話 俺の知らないところで元メンバーが大変っぽい件 ②



 フィリピンから日本へ送還。

 千葉県船橋市。

 潮の香りが鼻腔をくすぐる。


「漁港ですね」


 夜の港を見渡しながら俺は言った。

 月明かりに照らされているのは、数々のコンテナと倉庫らしき建物の群れだった。


「ここに私らが管理してるダンジョンがあるんだ。国は知らない。君のお父さんに協力してもらって、今までずっと隠してきたからね」


 俵が秘密を打ち明けるように耳元で言った。


「たまたまね、ほんとにたまたま、私らの経営している物流センターの倉庫にワープゲートが現れたんだ。建物の中に現れたもんだから、外からじゃ誰にも見つかりっこない。私らはね、そこで新しいビジネスを始めたんだ」


 ごくり、と俺は唾を呑んだ。


「新しいビジネスって、何ですか?」

「行ってみればわかるよ。行こっか」


 俵はそう言って流し目を送り、先に歩きだしてしまった。


「どうだい? すごいよね?」


 倉庫内で厳重に管理されていたワープゲートを抜けると、ものすごい熱気と歓声が俺の全身にぶつかってきた。


「ダンジョン内に建設された地下闘技場だよ」


 ドーム状の空間の中央に、鉄格子で囲まれたリングがある。


「ここはルール無用の無法地帯。武器を使ってもOK、スキルを使ってもOK、人が死んだ場合は仕方ない、そんなところさ」


 リングの周りには数千の人が入りそうなほどの座席。

 観客は選別され絞っているだろうに、それらすべてが埋まっていた。


「観客の熱気を見てごらん。この狂気を誰もが求めている」


 観客たちは目を剥き、唾を散らし、リングに向かって拳を突き出す。


「でもね、この観客の数よりも多いんだよ」


 俵の瞳の奥が微かに笑った。


「何がですか?」

「神様のファンが、さ」


 ねっとりと言う俵の言葉に、俺は何も反応できなかった。


「神様はね、私らが提供するコンテンツをお待ちになっておられる」


 神様を愉しませるための殺し合い――

 仙石会はそれをコンテンツにしている。


「玲司くん、君はハンマーを使うんだってね。どれがいい?」

「え?」


 後方の取り巻き連中が、様々な種類のハンマーを抱えていた。


「飛び入り参加といこうじゃないか。きっと盛り上がるよぉ~!」




     *




「大丈夫だ……。俺は強い……」


 俺は入場口でハンマーを握りしめた。

 可能な限り、使い慣れた形状のハンマーを選んだつもりだ。


「大丈夫。ダンジョンを楽々攻略してきた。Aランクモンスターですら倒してきた。人間相手に負けるはずがない。俺は将来を有望されたエリートなんだ」


 リングアナウンサーが声高らかと俺を紹介している。

 観客の歓声が圧となって襲いかかる。


 俺は案内役に従うまま、入場口の通路を歩かされる。


 通路のそばにずらりと立つ野郎共が目に入ったとき――


「……!」


 かいたこともない量の冷や汗がどっと噴き出た。


 どくん、どくん、と心臓が肋骨を叩く。

 空気が違う。

 こいつら、やばい。逃げないと、殺される。


「本日の飛び入り参加は、なんと有名人です!!」


 マイクの大音量。


「大手ギルドからスカウトを受けていたと噂されている、世代を代表する期待のルーキー!! その名も、神田ァァァ玲司ィィィ!!!!!」


 だがこの状況で逃げることなんて不可能だった。

 猛獣に囲まれた俺に一体何ができる?

 気圧されるがまま、指示されるがまま、リングに足を踏み入れるしかなかった。


「対するは、かつてSランク認定を受けた日本のトップオブシーカー……!! 〝山砕きの乙女〟こと、闘えるオカマ、須藤ォォォ晶ァァァ!!!!!」


 向かいの鉄格子の扉がゆっくりと開け放たれる。


「晶ちゃんでぇぇぇぇすっ!!」


 そこから現れた屈強な男が、マイクを使ってないにも関わらず、会場を震わすほどの大音声を発する。それに混ざり混ざって、観客席の怒号が共鳴する。


「待て。待てよ……」


 俺は決して聞き間違わない。


「Sランク……?」


 リングアナウンサーは確かにそう言った。


「俺より格上じゃねえかよ……」


 俺が絶望するのに一秒もかからなかった。

 Sランクなんて、日本に10人もいない選ばれし者だ。


「んふっ、イイ男っ♡」


 目の前の男が分厚い唇をすぼめ、長いまつ毛の片目を閉じてくる。


「レディー、ファイッ!」

「かはっ――」


 見えな――




     *




 ほっぺにキスマーク。

 下着姿で吊るし上げられた俺は、控室でぼろぼろになって寝転がる。

 為す術もなかった。

 AランクのダンジョンシーカーとSランクのダンジョンシーカーには天と地ほどの隔たりがある。俺がどう足掻いても勝てる相手じゃない。


「玲司くん、起きて起きて」

「――へ?」


 おもむろに頬を叩かれて、俺は重い頭を起こした。


「試合だよ? 君の指名が入った」


 俵だった。


「ま、待って、もう体が痛くて……」

「指名が入ったって言ってるよね?」

「い、嫌だ! 行きたくない! 頼みますよ俵さん! もういいでしょ!」

「おぉ~元気元気っ。行くよ?」


 手を叩いて愉しそうな俵。


「行かない行かない行かない!」

「おい、連れてけ……」


 俵の低い声を受けて、馬鹿でかい大男が俺を見下ろす。


「嫌だ!! 嫌だぁぁぁぁ!!!」


 ぶちぶちと髪の毛の抜ける音。

 俺は髪の毛を鷲掴みにされて、そのままリングまで引きずられていく。

 じたばたと足を動かしても、大男の歩みは止まらなかった。


「神様は大型ルーキーの骨の折れる音が聞きたいそうだよ?」


 俵の忍び笑いがはっきりと耳まで聞こえた。


「これはいい稼ぎ頭になりそうだねぇ……」


 ――返済額、残り1029億円。


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