第53話 俺の知らないところで元メンバーが大変っぽい件 ③


 ♠ ◆ きらぽよ視点 ♣ ♥



 パパから家を追い出された。

 勘当というやつだ。

 パパも組織を追い出された。

 解雇処分というやつだ。


「貯金はまだある」


 残高は1000万円。


「数年は働かずに生きられる」


 大丈夫、大丈夫。

 大丈夫なはずだ。


 でも残高が減るとどうしようもない不安に駆られる。


 同級生をイジメて、芸能界から干されて、全国に顔が知れ渡っているあたしが、今さら真っ当な仕事につけるはずもなかった。


 コンビニのアルバイトも居酒屋のアルバイトも、ニートのおじさんですら雇われるほど人手が足りてないはずなのに、あたしは普通に面接で落とされた。落とされるだけならまだいい。罵詈雑言を浴びせられた。


「みんなぁー、チョリーッス。きらぽよでーす」


 だからあたしが稼ぐ方法は、このライブ配信しかなかった。


“きらぽよ!”

“今日もかわいい”

“芸能界干されたってほんと?”


「うっ……」


 妖精カメラの前で、あたしは首をすぼめた。


「干されたっていうか、引退っていうか……」


 いつだってあたしは罪悪感に苛まれる。

 どれだけあたしが反省しようと、世間はあたしを許してはくれない。

 忘れてもくれない。

 あたしがしたことは永久にデジタルに保管されている。


「ほら、あれじゃん? あたしイジメっ子だったワケじゃん? そんなタレントがさ、事務所にいちゃ迷惑かけるでしょ。お茶の間を曇らせちゃうでしょ。だから、あたしはあたしを応援してくれる人だけに配信しようと思ったの。見たい人だけが見てれば、あたしは他の人に迷惑かけないでしょ?」


 これが、あたしなりのケジメだった。


“人をいじめといてよく言うよ”

“もし偶然、二条茉莉花がこの配信を見つけたらどう思うかな? かな?”

“まあテレビと違って垂れ流しじゃないから多少はね?”

“無神経”

“デリカシーない”

“本当に人間かよ”


「くっ……!」


 あたしは唇を噛み締める。

 涙がにじむ。

 残高が減る恐怖を払拭するために、人にどれだけ悪口を言われようと、あたしは配信で稼ぐしかなかった。それに、暴言を吐かれるのも当然だとも思っている。茉莉花の代わりに、視聴者が攻撃してくれているのだ。


“おいおいやめとけ、またきらぽよ泣いちゃうだろ”

“二連続で号泣配信しちゃったもんなww”

“きらぽよ、泣くと配信切っちゃうんだよな”

“すぐ逃げる”

“その泣き顔が見たいのにww”


「あ、あたしは、とても反省してます。自分のやったこと、イケナイことだと思ってます。これからも、自分の罪を背負っていこうと思ってます……」


“お前ら許してやれよ。だってきらぽよ、全国におもらしを晒したんだぜ?”

“相当な罰を受けてるww”


〈【オムツ星人】があなたに10KPを送りました〉


 沸騰するほど顔が熱くなった。


「おもらしの話はすんなってば!!」


“www”

“効いてる効いてるw”

“めちゃくちゃ切り抜かれてたぞ”

“あれをインターネット上から消し去ることはもはや不可能”


〈【オムツ星人】があなたに10KPを送りました〉


「もういいじゃん、忘れてよ!! 人の嫌がることして面白い!?」


“それブーメラン”

“きらぽよの聖水はおいくらですか?”

“俺だったらまた配信者になろうとは思わんわw”

“よく立ち直ったわ”

“メンタル図太いよな、きらぽよ”


〈【オムツ星人】があなたに10KPを送りました〉


「うっさいうっさいうっさい! あたしだって好きで配信してるワケじゃないっての! こうしないと生きていけないからやってんの!」


“きらぽよ、ホームレス説”

“自宅配信なくなったもんな”

“親に勘当でもされたんじゃね?”

“じゃあ、ここどこ?”

“ネカフェっぽくね?”

“あの壁の傷、どこかで見た気が……”

“お。特定するか?”

“思い出した。『電脳部屋』日本橋店じゃね?”


「っ……!?」


 あたしはすぐさま後ろを振り返った。

 狭い個室の壁に、尖ったもので引っ搔かれたような傷跡が見えた。

 それにあたしの真横にも、ネカフェの割引ポスターが貼ってあって、カメラには映っていないけど、あたしは気が動転してしまった。


“図星ww”

“特定厨すげえww”

“きらぽよが店出る前に突撃厨はよ!”

“いま日本橋いるわ”

“行ってこいww”


「すみません!! 急用を思い出したので配信切りまーす!!」


“草”

“きらぽよの血の気の引いた顔最高”

“あの焦りようひさびさに笑ったわ”


 ぶち。

 カメラを切って、ダッシュで出る。


〈【オムツ星人】があなたに10KPを送りました〉


「あーもう!! なんなワケこの神様!! ポイント要らないっつの!!」


 あたしがおもらしを全国に晒したあと、なぜかこの神様に付きまとわれている。


〈【オムツ星人】があなたに10KPを送りました〉


 あたしはビルの階段を駆け下りて、オフィス街の路地に転がり出た。


「お。きらぽよじゃん」

「ゴキブリ!?」


 道でばったり見知った顔と出くわす。


「お前今まで何してたんだよ。探してたんだぞ?」

「っ……!!」


 あたしはゴキブリから背を向けて、人混みの中を全速力で駆け抜ける。


「おわっ、きらぽよ逃げんなよっ!」

「ついてくんな! ついてくんな!」

「お前に謝りたいんだ。女子高生にあんな恥ずかしいこと――」

「うっさいバカッ!!」

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