第54話 俺の知らないところで元メンバーが大変っぽい件 ④



〈【オムツ星人】があなたに10KPを送りました〉


「はぁはぁ……!」


 どうにかこうにかゴキブリを振り切った。


「もう……おもらしの話しないでよ……」


 あたしは河川敷の橋の下でへたり込んでしまう。


〈【オムツ星人】があなたに10KPを送りました〉


「はぁはぁ……」


 汗でベトベトだ。

 シャワー浴びたい。


「今日はここで野宿するかぁ……」


 もう実家には帰らないと決めていた。

 お酒を飲んだパパは手をあげるから。


〈【オムツ星人】があなたに10KPを送りました〉


「うっさいなぁ!」


 立ち上がったあたしは、周囲を睨みつけた。


「あんたそんなにあたしのおもらしが見たいワケ!?」


 最低最悪の神様だ。


「そんなにポイント送られても見せないっての!!」


〈【オムツ星人】があなたに10KPを送りました〉


「お願いだからあたしのフォロー外してよっ!!」


〈【オムツ星人】があなたに10KPを送りました〉


「外せってば! 外せ!」


〈【オムツ星人】があなたに10KPを送りました〉


 ダメだこいつ。


「はあ……とりあえず今日稼いでないから配信しなきゃ」


 橋の柱を背にして、あたしは妖精カメラを起動させる。


「チョリーッス、きらぽよでーす。さっきはごめんね?」


 ぐいっとギャルピースをして、あたしは小首を傾げた。


“屋外ww”

“無事逃げれたか”

“今日の宿はそこですか?”

“特定班はよ”


「さ、さすがに突撃してこないでね。あたしも対応に困っちゃうからさ」


 あたしは頬を引きつらせた。

 本当に困る。

 野宿するってだけで、本当は心底怖いのだ。


“きらぽよ髪の毛乱れてるのエロいな”

“必死に走ったんだなww”

“汗で髪が張りついてる”

“[¥1000]もっとくださいきらぽよ様!”

“[¥1000]露出多めでおなしゃす!”

“[¥1000]最高のアングルですな”


「あはは……あたしそういうのムリなんで」


 両手を振って、苦笑い。


“[¥1000]ちょっとジャンプしてみてよ”


 何のために?

 と思ったが、ジャンプした自分を想像して、思わず鳥肌が立った。

 こいつら、あたしの胸を……!


「えちえちは禁止でお願いしまーす」


 あたしはそれでも笑顔で両手を振る。


 どんなに仕事にありつけなくても、自分の体を売るようなことだけはしたくなかった。そういうのは、好きな人とだけしたい。だからあたしの体は、そのときのために大事に取ってある。


“汗で透けてますよ?”


「え?」


 あたしは自分の服を見下ろした。

 もともとおヘソが出るようなデザインだったが、汗で濡れているせいで、白のトップスからあたしのブラが透けて見えていた。黄色いヒョウ柄がぱっつり浮き出ていて、あたしはとっさに胸を押し隠した。


“言うなよww”

“馬鹿野郎”

“ヒョウ柄ですね”

“消えろカス”

“大罪”


「お前らキモすぎだっての! あーもうキモいキモイキモイ! 全員ブロックだ死ね変態消えろ変態! ブロックブロックブロック!!!!」


 指を激しく振りかざして、視聴者を次々とブロックしていく。


〈【オムツ星人】があなたに10KPを送りました〉


「なんで神様をブロックする機能がねえんだよ!! おかしいだろ!!」


 こいつだけはどうしようもできなかった。


「あたしは一生この神様につきまとわれなきゃいけねーのかよ!!」


〈【オムツ星人】があなたに10KPを送りました〉


「クソ! あたしを見んな! 見んなし! 見んなってば!」


〈【オムツ星人】があなたに10KPを送りました〉


「もういい……アカウント削除する」


〈【オムツ星人】があなたに強烈な不快感を表しています〉


「不快感を示してどーぞっ」


 アカウントさえ消せば、もうこの神様から解放される。

 お金の不安は募る一方だけど、変態に監視されるよりはマシだった。


「乞食にでもなるか、あたし」


 トー横に行けばご馳走してもらえるって聞くし。


〈【オムツ星人】があなたの発言に失望しています〉


「知るかっての。バイバイ、神様。他の人でも推してろ」


 あたしはDチューブのアカウントをためらいなく削除した。

 アナウンスがぱったりと止む。

 アカウントを消した途端、清々しい爽快感が胸に広がった。

 どうだ神様、ざまあみろ。


「……!」


 だけどあたしは後ろを振り返った。


「……?」


 誰かに見られている気がする。

 アカウントは削除した。

 神様のアナウンスがぱったりとやんだ。

 もう神様はあたしを観測できない。

 なのに……。


「ねえ、いるの? そこにいるの、神様?」


 神様がすぐそこにいる気がする。


「ねえってば……!」


 どれだけ問いかけても、返事はない。


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