第56話 日常ががらりと変わった件 ①



「姉貴、2階だってさ」


 俺はデパートの案内板を見上げながら言った。

 簡単な地図と番号とスマホショップの名前が見える。


「ほんとだ。桐斗は探すのが早いね」


 賑やかな館内で、姉貴も案内板を見上げた。


「姉貴が遅いんだよ」

「もー、そんなことないよぅ」


 むぅ、と頬を膨らませる24歳。


「姫花、喜ぶかな?」


 それからころっと表情を変えて、期待を込めた目で見つめてくる。


「そりゃもちろん。ずっと欲しがってたからな」


 蜜柑マークのスマホ。

 今日は姫花のためにこっそり買いに来た。


「夜が楽しみだ」


 両手を腰に当てた姉貴が、ドヤ顔で胸を張った。

 なんだか偉そうだ。





「おう、まただ」


 エスカレーターに乗っていると、ポケットの中でスマホが震えた。確認してみると、堅苦しいメールが届いていた。最近、多い。


「どうしたの?」


 姉貴が不思議そうに覗き込んでくる。


「ギルドのスカウトメール。ウチに入らないかって」

「えっ、すごいじゃん、それ」

「でも中小ギルドからだよ」


 俺はメール欄をスクロールしてみせる。

 そこには数々のギルド名が連なっていた。


〝夜明けの蛍ギルド〟

〝せせらぎの樹ギルド〟

〝青の不死鳥ギルド〟


 正直、聞いたこともないギルドばかりだった。


「大きさは関係ないんじゃないかな。大事なのは、そこにいる人だと思うよ」


 まあ姉貴の言いたいこともわかるが。


「大きさは大事だと思うぞ。次々と新しいギルドが生まれて、次々と新しいギルドが廃業していく時代だからな。就職するにしても、ちゃんと業績は見極めないと」


 業績が安定していて、給料が高くて、なおかつホワイトなギルドが俺の希望である。そうなると自然と大手ギルドに絞られてしまう。


「桐斗はしっかりしてるね。お姉ちゃん、頼もしいよ」


 頭を撫でてこようとする姉貴の手を【受け流し】た。


「むぅ」


 唇を尖らせる24歳。


「しばらくは亀田とフリーランスとしてやってくつもりだしな。ん……へっ?」


 また新たに受信したたメールを見て、俺は素っ頓狂な声をあげてしまう。


「今度はどうしたの?」

「〝ノワールギルド〟からスカウト来た」


 ドッキリか何かかと思う。


「〝ノワールギルド〟? すごいのそれ?」

「凄いも何も、探索者ギルドの最大手。まあ簡単に言うと、Sランクパーティをいくつも抱える、日本を代表するギルドだ。ほら、あそこのポスターだって〝ノワール〟だぞ」


 エスカレーターの終着点の壁に、でかでかとイケメンのポスターが貼られてあった。そこで金融機関の広告をしているのが、ノワールギルドの人気頭だった。


「あ、知ってる! 水島透だ!」


 姉貴がきゃっきゃっと目を輝かせる。


「凄さがわかったか、姉貴」

「すごいのはわかったけど……大丈夫なの?」


 姉貴が心配するのも理解している。


「大丈夫、大丈夫。姉貴が思ってるとおり、これは詐欺だと思う。最近多いんだよ、この手のメール。倍率のクソ高い〝ノワール〟が俺みたいな奴をスカウトするわけがないだろ。怖いから、削除しとくよ」


 そう言って俺は、赤い削除マークをタップした。

 スマホのディスプレイがこつんと音を立て、メールがゴミ箱へ吸い込まれていく。


「最近、怖いよねー。お金を騙し取られたって、よくニュースになってるもん」


 プロが見てもわからないほど手口が巧妙になってきているらしい。

 専門家が「私も騙されました」と両手を上げる動画を見たことがある。


「姉貴も気をつけろよ」

「もー桐斗! またお姉ちゃんをバカにして!」


 姉貴が両手を振り上げるが全然怖くない。

 ぷんすか怒る姉貴を無視して、スマホショップはどこかな? と俺はきょろきょろ眺める。


「あー! ゴっくんだぁ!」

「ほんものだぁ~!」


 あっという間に囲まれた。

 イケイケのお姉さん方に。


「ゴっくん? 誰? 俺?」


 何事!?


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