第44話 同接1000万人のざまぁが配信された件 ③



「ひっ……」


 息を止めて、全身を強張らせるきらぽよ。


“次の標的はきらぽよのようだ”

“きらぽよ逃げてー!”

“ゴキブリの目が肉食獣のそれ”

“同接……400万人!!”

“毎秒登録者が増えてるw”


「ちょ、ちょっと、ヤダ……。ゴキブリ、来ないで……!」


 イヤイヤと首を振り、きらぽよが後退っていく。


「そ、それ以上近づいたら怒るよ。あたしのパパ、警察なんだから!」


 すがりたくなるは、権力か。


「もう親がどうとかやめにしないか?」


 俺は目を細めてきらぽよを睨みつける。

 親の力を誇示するな。お前の力で語れ。


「きらぽよ、お前たちはもう終わってるんだよ」


 俺は言った。


「亀田がお前らの親の悪巧みを散々晒した。今さらどの面下げて表を歩くんだ。普通に考えて、明日にでもお前の親父は懲戒解雇だぞ。ここの理事長だってそうだ」


 ポケットからスマホを取り出し、俺はボイスレコーダーを起動させる。


『1000万出せば、口を閉じて一生引きこもってくれるのか?』

『もちろんです。俺がドラゴンを助けてあげますよ』

『わかった。これを持ってさっさと学園を出ていけ、ガキが』

『確かに頂戴しました、口止め料』


 親指でそっと停止ボタンを押す。


“理事長とゴキブリのやりとり?”

“なんのやりとだこれ”

“これって実はものすごい会話なんじゃ……?”


「おい……なんだそれは……」


 脆く砕けるように、ドラゴンの声が震えた。


「お前の親父と俺の会話を録音したものだ」


 自分でも冷え冷えとした声だった。


「二条茉莉花の自殺の罪を俺になすりつける代わりに、お前の親父は俺に1000万円の口止め料を提示した。俺はな……お前の罪を押しつけられて、この学園を退学させらるハメになったんだ。だが俺は無罪だ。潔白だ。これが証拠だ」


 もう一度流す。


『1000万出せば、口を閉じて一生引きこもってくれるのか?』

『もちろんです。俺がドラゴンを助けてあげますよ』

『わかった。これを持ってさっさと学園を出ていけ、ガキが』

『確かに頂戴しました、口止め料』


“ヤバすぎww”

“金で揉み消そうとしたのかよ”

“最低すぎる”

“重大スクープすぎて頭が回らん”

“これって想像以上にヤバいのでは?”

“これが大人のやることかァ!”

“This is Japan!!”

“腐ってやがる”

“同時接続600万!”

“はいはい拡散拡散”

“さっき新聞社にメール送ったよん”

“俺、テレビ局のADですww”

“悪事がバレて親子共々人生退場”

“これが悪事に手を染めた権力者の末路”

“どんどん悪事が広まってますなぁw”

“ざまあww”

“ざ ま あ”

“ザマァ!”


 きらぽよの顔からすうっと血の気が引いていく。

 ようやく状況が呑み込めたらしい。


「もはやお前らに後ろ盾はないんだよ、きらぽよ」


 俺は歩く。


「やめてっ! く、来んなっ! 来ないでっ!」


 青ざめたきらぽよが、必死に首を振って後退る。


「やめない。行く」

「もしかして、あたしを殴る気……?」


 ぴとり、ときらぽよの背中が壁に触れる。


「ああ。誠心誠意を込めて殴らせていただく」


 目と鼻の先で俺は言った。


“誠心誠意ww”

“丁寧に言っても駄目だぞ”

“取り繕ったところで暴力には変わりないw”

“やめない、行く(`・ω・´)キリッ”


「いや……いや……っ!」


 きらぽよの瞳に涙の粒が浮かんだ。

 それに構わず俺は大きく振りかぶり、


「シッ――」


 渾身のストレートをきらぽよの眼前で寸止めする。

 俺の指の背に、きらぽよの鼻の柔らかさを感じる。

 きらぽよは寄り目になって、俺の拳を凝視していた。


「は……う……」


 腰が抜けたのか、きらぽよはその場にすとんと女の子座りした。

 そのとき俺の鼻に、つんと刺すようなにおいがきた。

 きらぽよのタイトスカートの下から、生温かい謎の液体が溢れ出ている。

 思考が飛ぶ俺。

 生温かい液体は見る見るうちに水たまりを作っていく。


「ひぐっ……ひぐっ……」


 きらぽよが嗚咽を漏らして泣いている。


 俺はその場にしゃがみ込んで、指の腹で液体に触れてみた。

 湿った指先を目の前に掲げ、眺める。

 ものすごく温かかった。

 すぐさまシャツを脱ぎ捨てた俺は、きらぽよの腰の上にかけてやり、太ももから下が見えないように隠した。


「うおおおおおおおおおおおっ!」


 気がつけば俺は、なぜか上裸で雄叫びをあげていた。

 それに合わせて、妖精カメラも激しく揺れる。


“ゴキブリが吠えたw”

“何の雄叫びだよww”

“ゴキブリ、好きな女が漏らしたってよ”

“てかなんで一度触ったんだwww”

“妖精のカメラワークが神演出ww”

“迫真www”

“ヤバいな一生のトラウマ”

“一度ネットに出回ると消せないからなぁ”

“あーあ、これはさすがに同情する”

“可哀想すぎる”

“きらぽよ終わった”

“もう出歩けないな”

“引退不可避”

“きらぽよざまぁwwww”


「次ィィ!」


 訳もわからず俺は叫び、ドラゴンに視線を走らせた。


“だから猛獣の眼やめろww”

“神回だわこれ”

“誰かアイツを止めてくれw”

“ゴキブリのブレーキは壊れました”

“狂気ww”

“ゴキブリスプレーのあいつを思い出すわ”

“謎の疾走感”

“ラスボスはドラゴンか”

“因縁の対決”

“サイコパス VS サイコパス”

“ん?”

“お?”

“ドラゴン、構えてね?”

“【絶刀・縮】ですねわかります”


 ドラゴンがいつの間にか居合の構えをしていた。


“いつから?”

“もう1分経ってる?”

“1分までは【ヘイスト】でスキップできるぞ”

“じゃあ最低でも2×2=4倍の威力”


「どいつもこいつもクソの役にも立たねェな……」


 充血した爬虫類の眼が、俺のことを見据えていた。




 同時接続――




 1000万人。



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