第45話 同接1000万人のざまぁが配信された件 ④



 ♠ ◆ ドラゴン視点 ♣ ♥



 荒れ果てて散乱したパーティールームの中央で、オレは日本刀の鞘を左手で掴み、蛇腹柄じゃばらづかを右手で握りしめていた。居合切りの構えだった。


 オレはいつでも【絶刀】を発動できる。

 いつでもゴキブリを殺せる。


 ちらりと壁際に目線を流すと、床で失神している神田の姿が見える。

 また別の壁際では、綺羅子が地べたで咽び泣いている。

 カメムシは依然として状況が呑み込めていないらしい。

 当然だ。どうしてこんな状況になったのか、オレだってわかっちゃいない。


 この状況を引き起こしたのは、紛れもなくあのヒョロガリおかっぱ。


 上裸だと、よりあいつの貧相さが浮き彫りになる。


 うすい胸板、浮き出る肋。


 同じ人間なのに、可哀想になってくる体だった。どうしてあの体で、神田がぶっ飛ばされるんだよ。近接戦闘において、体格差・体重差は絶対だ。どれだけ上手く体重を乗せたとしても、神田が吹き飛ぶほどのパワーは出ないはずだ。


 だとすれば、他に理由があるはずだ。

 その理由は、考えるまでもない。


「どういうわけかお前にもついたみたいだな、神様」


 神々の寵愛――ユニークスキルだ。


「おかげさまでな」


 とゴキブリが返してくる。


「だがオレはお前の何倍も神様がついてるぜ」


〈【鉄の大陸】があなたの発言に拳を突き上げています〉

〈【深淵を覗く女神】があなたに手を振っています〉

〈【夏の竜胆】があなたに声援を送っています〉


 神様の盛り上がりは充分だった。


「俺の神様は大富豪だけどな」


 しかしゴキブリの不敵な物言いに、オレの神様が不満を露わにした。


〈【異貌の門人】が相手に不快感を示しています〉

〈【煉獄の炎神】が相手に不快感を示しています〉

〈【片翼の不死王】が相手に不快感を示しています〉


「ああ言えばこう言う。反吐が出るぜ」


 このままこいつと対話していたら、怒りのあまり倒れてしまいそうだ。


 オレは腰を落としたまま、ゴキブリの体勢を観察した。


 特に身構えるでもなく、棒立ち。なのに、隙はあまり感じられない。不用意に懐へ突っ込むと、あの高速のジャブが飛んでくるだろう。


 あまりに信じがたい。

 本当にあのゴキブリか、と何度も疑問に思う。

 だが何度見ても、そこにいるのはゴキブリだ。


 確かに隙はない。

 隙がないなら作ればいいだけの話だ。

 オレはあらかじめ転移先の座標を想起しておいた。


「【転移】」


 10m先に見えたゴキブリが、今では一瞬で目と鼻の先だ。

 イメージ通りの座標移動。


「――!」


 慌てて振り返るゴキブリの毛穴まで見える距離。

 驚愕と畏怖。

 ゴキブリの揺れる瞳から、深層の感情が滲み出る。


「【絶刀・解】」


 オレの刀から神々しい光が迸った。

 完璧に捉えた。

 神速の抜刀術がすべてを両断する――


「【流転】」

「……は?」


 振り抜かれた刀が明後日の方向へ向かっていた。


 何が起こったのかまったくわからなかった。

 オレは確かにゴキブリの腕を斬り飛ばしたはずだった。

 刀身が肌に触れるのを確かに見届けた。

 なのに、なぜ斬れてない?


“いま何した?”

“【絶刀】を片手で流したw”

“神業”

“なんで手が切れねえんだよww”

“ちゃんと刀の腹に触ってるっぽい”

“何のスキルだありゃ??”


 生まれて初めて人を斬り殺す場面を想像し、胸の奥が高揚感で溢れていたというのに、今ではその熱気が空気が抜けるみたいに萎んでいった。


 ゴキブリがこちらを見ている。


「シッ!」


 今度はオレが焦る番だった。

 ヤツの拳がやけにでかく見え――


「【鉄固】」


 ガキィィン!!


 間に合った。間一髪だった。


“なんつう音だよ”

“人間が出していい音じゃねえ”

“拳から煙あがってるんだが?”

“摩擦熱w”


 思わずオレは唇の端を吊り上げた。


「残念だったなゴキブリ。お前の拳は俺には効かねェ」


 いくらユニークスキルと言えども、オレの【鉄固】には傷一つつけられないようだ。

 勝負は決まったも同然だった。

 オレに【鉄固】がある限り、お前の拳は何も響かない。


【絶刀・縮】【ヘイスト】。


 即座にオレはユニークスキルを連続発動させる。

 そのたびにKPを消費するが、支援してくれる神様は腐るほどいる。


「お前だって俺を斬れないだろ」

「なら、試してみるか?」


 余裕綽々のお前の顔が、これから恐怖で歪んでいく。

 それを思うと、オレの頬が緩んでいきそうになる。

 愉しくて愉しくて。


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