第41話 人間の限界、越えてみた件



「大盤振る舞いだな、神様」


 これで俺の保有KPは約400。


「1年以上も修練できる……」


 俺はこの真っ白い空間を見渡し、それから己の拳を握って開いた。


「鍛えるスキルはもう決めてある」


 この拳だ。

 なぜならこの1年間、俺は殴りたくて仕方なかったからだ。

 あいつの憎たらしい顔面を、ぶん殴ってやりたいと毎日思っていた。


 何度俺は、妄想の中であいつを殴ってきただろう。

 何度俺は、現実の中でそれを我慢してきただろう。


「サンドバッグください」


 修練と時の部屋、ルールの6番目。


『修練に必要な道具や環境はご用意があるのでお申しつけください』


 これで強くなれるかはわからない。

 だが居ても立ってもいられなかった。

 俺はただ無心にサンドバッグを殴り続けた。


――――…………


【拳術 Lv8】


――――…………


【拳術 Lv15】


――――…………


【拳術 Lv21】


――――…………


「鉄のように固い体か……」


 1年が経った。


 この1年の間、俺はドラゴンの『ユニークスキル4つを組み合わせたら最強な件』という配信を繰り返し見て、ドラゴンとの対決をイメージし続けた。


 様々な相手と殴り合い、【拳術】もLv24に上がった。


 だが――


「1年間ただひたすらに拳の修練に励んできたが、未だにドラゴンに勝てるイメージが沸かない」


 ミスリルゴーレムをも一刀両断する【絶刀】。

 スキルの溜め時間を短縮する【ヘイスト】。

 一瞬で空間を転移することのできる【転移】。

 そして、己の体を鉄のように硬くできる【鉄固】。


「途方もなさすぎる」


 まさに、神に愛された男。


「元の世界に持って帰れるのは技能だけって話だよな?」


 修練と時の部屋、ルールの5番目。


『ここで身につけた技能のみあなたの世界に持ち帰ることができます』


 逆に言えば、スキル以外は持ち帰れないってことだ。

 ここで夏休みの宿題を終わらせても、ただ頭がよくなるだけで、提出しないといけないノートは持ち帰れない。


〈【鳥籠の卵】があなたの発言に肯定しています〉


 この1年で俺の体は急激に鍛え上げられた。

 だが、この部屋を一歩出れば、俺の体はまたヒョロガリの俺に戻る。


「俺がドラゴンに勝つためには、あのヒョロヒョロの拳で鉄の塊を砕かないといけないってわけだ」


 それが、俺の勝利条件だ。


「神様、あなたはどうして俺に手を貸してくれるんだ?」


 俺は真っ白な世界を見渡した。

 どこに神様がいるのかわからないが、虚空に向かって疑問を投げかける。


「前までは1ポイントもくれなかったじゃないか」


 俺が攻撃系のスキルを習得しようとしたとき、神様は何の支援もしてくれなかった。

 そのことに対して文句を言ったら、低評価まで下された。


「ここからは俺の推測の話だ。勝手に聞いててくれ」


 神様は何も言わない。反応も見せない。


「きっとあなたの趣味嗜好では、私利私欲にまみれた人間には手を貸さないんだろう。だから俺が欲をかいていたときは、1ポイントもくれなかった」


 もはや短い付き合いでもない。

 なんとなくだが、俺には神様のことがわかってきていた。


「だけど今は違う」


 俺は虚空を力強く見つめた。


「それは俺が、亀田のために闘おうと思ってるからだ」


 強く願いながら言った。


「もう一度、小学生の頃に戻りたいと思ってるからだ」


 亀田の配信を見たとき、俺は最初、驚きが隠せなかった。


 ――お前たちじゃ桐斗くんは倒せない。

 ――お前たちじゃ桐斗くんは折れない。

 ――桐斗くんはそんなやわじゃない。

 ――桐斗くんを舐めるな。

 ――桐斗くんはすごいんだ。

 ――お前たちがバカにしていい人じゃないんだ。

 ――どんな手を使っても、どんな力を使っても。

 ――桐斗くんは絶対に倒れない。

 ――お前たちじゃ倒せない。


 俺の胸が、震えた。

 目頭が熱くなった。

 いつも澄まし顔の亀田が、声を荒げて俺のために怒っていた。

 いつしか俺の息は荒くなり、スマホを片手に嗚咽を漏らしていた。


 亀田はずっと俺を見ていたのだ――。


 俺は決して、一人じゃなかったのだ。


「俺、知らなかったんだよ。あいつが一人でさ、俺のために闘ってくれてたなんて。なのに俺は勘違いして、亀田を遠ざけてたんだ。あいつは昔っから俺のことを信じてくれてたってのに……」


 あいつは何も変わっちゃいなかった。


「ここで逃げたら、俺は一生後悔すると思う」


 変わっちまったのは俺のほうだったんだ。


「俺は亀田に生きててほしい。あいつには笑顔でいてほしいんだ」


 聞いてくれ神様。


「そして俺は、こうも思ってる」


 俺の願いを聞いてくれ。


「自分自身に決着をつけたいと」


 もう逃げたくない。

 どこまでやれるか見てみたい。

 かつての誇りを取り戻したい。


「そしてあなたは、逆境が好きだ。大好物と言っていい。どれほど理不尽な目に遭っても、折れずに立ち続ける人間が大好きだ。だからそういう人間には手を貸すし、手を貸したからにはそういう人間になるように仕向ける」


 だからあなたは――80億人の中から俺を選んだんだ。


「あなたが俺たち人間に求めるコンテンツはまさにそれだ」


 そうだろ?


「そしてもう一つ推測の話をさせてもらいたい」


 俺は続ける。


「あなたたぶん……ものすごいお金持ちだ」


 おそらく、他の神様とは比べ物にならないほどに。


「こんな俺にもぽんと1年分のKPを投げてくれる。一気に100以上のKPを恵んでくれる神様なんて、世界中を探したって見つかりっこない」


 普通の神様は1KPが相場だと聞いたことがある。

 気前のいい神様で10KPだ。


「俺が言いたいことはただ一つ」


 俺はじっと前を見据える。


「あなたが貯め込んだポイントを俺に寄越せってことだ」


〈【鳥籠の卵】があなたの発言に不快感を表しています〉


 そう慌てなさんな。


「俺のすべてを根こそぎ奪っていった男は、体が鉄のように硬く、瞬時に空間を転移し、ミスリルゴーレムさえもぶった斬ってしまう最強の男だ」


 何度も動画を確認した。ドラゴンは間違いなく最強の男だ。


「俺がどんなに泣き叫んでも無視してくれ。精神がぶっ壊れても放っておいてくれ。何度自殺を図ったとしても気にしないでくれ」


〈【鳥籠の卵】があなたの発言に首を傾げています〉


 俺の言っている意味がわからないのだろう。

 俺の導き出した答えはこれだ――




「……1000年。俺は拳を突き続ける」




〈【鳥籠の卵】があなたの発言に目を見張っています〉



「俺は、この拳でミスリルゴーレムを砕く」



 ミスリルゴーレムをぶった斬るほどの相手なら。

 俺もミスリルゴーレムくらい倒せないと駄目だ。



〈【鳥籠の卵】があなたの発言に前のめりになっています〉



「さあ神様、俺の努力にいくら払える?」



〈【鳥籠の卵】があなたの覚悟に跳びはねています〉



「ゴキブリチャンネル、限定配信を始めます」



〈【鳥籠の卵】があなたのコンテンツに絶頂しています〉



「配信タイトルは、『人間の限界、越えてみた』」



〈【鳥籠の卵】があなたに365000KPを送りました〉





 ――――…………





 私は眩い光に包まれた。

 私の後ろに散らばっているのは、粉々に砕け散ったミスリルの塊だ。


「兄者……?」


 次第に、顔面の腫れ上がった亀田の姿が見えた。

 そして、神田、きらぽよ、ドラゴン。

 懐かしい面々だった。

 私はとうの昔に彼らの顔を忘れてしまったが、今はっきりと思い出すことができた。今見てみると、彼らは精悍で可愛らしい見た目をしている。


 私はゆっくりと拳を握り、ゆっくりと拳を開いた。


 我ながら貧弱な体である。

 

 私は何のために拳を突き続けているのか、その意義を見失ったときもあったが、この子らの顔を見ると体の奥底から言いようのない感情が蘇ってきた。


 戻ってきたのだ。

 1000年前のパーティールームに。













__________________


 ここまで読んでいただきありがとうございます。

 度重なるストレス展開に振り落とされなかった強靭なる読者の皆様方、大変永らくお待たせいたしました。

 次回、タイトルを回収しにいきます!!!



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