第38話 ニンニンタイムが開幕した件



 四畳半の薄暗い部屋の中。

 俺は電気もつけずに布団にくるまって引きこもっている。


 スマホのディスプレイだけが妖しく光を放つ。


 そこに映っているのは、記者会見を行う皇学園の理事長。

 そしてお偉いさん方諸々。

 カメラのフラッシュがコンマ数秒で無数に焚かれ、頭を下げる大人たちの頭頂部をこれでもかと照らす。


 昨晩の二条茉莉花の動画。

 これが一夜にして日本中を大騒動に巻き込んだ。

 次々と行われるSNSの垢バン祭の謎。

 皇学園に対してひっきりなしにかかる電話。


 責任追及の矛先は、俺に向かった。


『二条茉莉花を精神的に追い詰め、自殺に追いやったのはうちの生徒です』


 学園側はいじめの事実を認め、世間に向かって謝罪した。


『世間をお騒がせして申し訳ありません。今後二度とこのようなことがないように――』


 謝るのは世間なのか?

 違うだろ。二条だ。二条に謝りに行けよ。

 いつも思う――謝罪会見の大人たちはどこかズレてるって。


 幸いなことに、俺の実名は報道されなかった。

 皇学園側は、俺のことを一貫して『うちの生徒』と言った。


 だがそんなものに意味はない。


 ネットニュースでは俺の実名が大々的に広がっていた。

 俺の退学処分が引き金だった。

 二条のいじめと俺の退学を結びつけるのは当然のことだ。

 そして学園側はそれを狙っていた。

 俺を自殺未遂の真犯人に仕立て上げることで、社会的地位が守られる男がいるからだ。


 堂本雷轟――


〈【鳥籠の卵】があなたの行動を静観しています〉


 ドラゴンである。




     *




「どうしたんだ、カメムシ。アジトに呼び出して」


 ボクは学園のパーティールームに〝竜のアギト〟のメンバーを招集した。


「パーティーの今後について話し合おうと思った次第でござる」


 雷轟殿、玲司殿、きらぽよ殿を順々に見渡しながら言った。


「それな。やっぱ支援職は必要でしょ」


 きらぽよ殿が言った。


荷物持ちポーターが一人ほしい。誰でもいい」


 玲司殿もそれに同意した。

 だけどボクは首を振った。


「拙者はそんなことを話しに来たのではないでござる」


 ボクはゆっくりと息を吐いた。


「実は……こんな動画を見つけたでござる」

「……!」


 ボクがスマートフォンを差し出すと、三人の目の色が一瞬で変わった。


「これは……二条茉莉花じゃねェか」


 雷轟殿が苦々しく言った。

 スマホの画面に流れているのは、茉莉花殿の昔の動画だ。


「昨日といい今日といい、よく耳にする」

「ねえドラゴンどーゆーこと!? 茉莉花の動画は全部消したんでしょ!?」

「そのはずだが……どうなってやがる」


 雷轟殿はしばらく逡巡し、それからボクのほうを見た。


「カメムシ、この動画をどこで――」

「これは、ドラゴン殿が茉莉花殿の腹を殴ってる映像でござる」


 雷轟殿の言葉を遮って、ボクは次の動画を再生する。

 画面には、腹を殴られてうずくまる茉莉花殿の姿が映っていた。


「……なんでこの映像が残ってる」


 無視。


「これは、玲司殿が茉莉花殿に詰め寄ってるときでござるね。どんなやりとりだったかはわからないけれど、茉莉花殿が玲司殿の頬をはたき、泣きながら逃げ去っているでござる。こんなのが世間にバレたら、このパーティーは終わるでござるよ」


 画面に映っている女の子の表情は、普通の高校生がしていいような表情じゃなかった。

 死ぬほど怯えていた。


「おいおいおいおい。ドラゴン、話が違えじゃねえか。茉莉花の動画はお前の親父さんが何とかしてくれたんじゃねえのか。だから俺の親父は、茉莉花を遠くへ飛ばしたんだぜ?」

「いや、ちゃんとあいつの端末を全部調べて消したはずだ。だとしたらこれは、第三者の映像ってことになる。そこは綺羅子、お前の親父が――」

「ちゃ、ちゃんとやったし! 茉莉花の周辺を洗って、パパに圧力かけてもらったし!」

「じゃあなんでこんなことになってる!」


 三人が互いに責め始めた。

 ボクは心中をお察しする。

 それはそれは、想像を絶する焦りだろう。


「で、これがきらぽよ殿が茉莉花殿を倉庫に閉じ込めてる映像でござる」


 ボクは矢継ぎ早に次の動画を再生する。

 校舎裏の倉庫に茉莉花殿を閉じ込めて、きらぽよ殿が高笑いしている映像が流れた。


「や、やめてっ! これはただ、つい出来心で……!」

「出来心で人の心を壊したでござるか?」

「な、なによカメムシ。今さらあたしを責める気?」


 きらぽよ殿が目に涙を溜めて、ボクを鋭く睨みつけてくる。


「事の重大さをわかってほしかっただけでござる」


 ボクはただ静かに、力を込めて言った。


「カメムシ、おめェ……何が言いたい?」


 怒りの滲み出るような物言いだった。


「竜のアギトはかつて二条茉莉花を日常的に痛めつけていた。身も心も。そしてそのいじめを散々エンタメにして衆目に晒し、茉莉花殿を辱めることでお金と人気を稼いでいた。人間の尊厳を冒涜する恥ずべき行為でござる」

「ちょっとカメムシ……怒んないでよ。昔のことじゃんか」

「茉莉花殿は必死に証拠を集め、告発動画を世に公開しようとした。だがそれも叶わなかった。理事長、国会議員、警視監、この三つの方面から脅しをかけられ、家族にまで圧力がかかった。泣き寝入りするしかなかった」


 ボクは人差し指で、とんとんと側頭部を叩いた。

 お前ら思い出せ――と。


「今現在、まったく同じことが行われているでござるよ」


 思い当たる節があったのか、三人は全員が口を噤んだ。


「そう、桐斗殿でござる」


 ボクは爆発する。


「拙者は今朝、二条茉莉花と会った」

「なに!?」

「昨日世界中に公開され、ものの数分で削除された動画を手に入れた」


 ボクは止まらない。


「茉莉花殿のこれまでを語った告発動画でござる」


 再生ボタンが、ボクの親指によって押された。


『こんばんは、初めまして。もしかしたらこの動画を見ている人の中で、私のことを知っている人がいるかもしれませんね。私の名前は二条茉莉花。2年前、竜のアギトのパーティーメンバーだった者です』


 一大の騒動を巻き起こした音声が室内に響き渡る。


「やめてっ! 消してっ! 見たくないっ!」

「うるさいなあ……。見ろ、でござるよ……」


 両手で耳を塞ぐきらぽよ殿の腕を、ボクは無理やり引き剥がした。


「ちょっと何なわけ、この通知!」


 ボクのスマホの通知を見て青ざめるきらぽよ殿。

 勢いで手が弾かれて、ボクは端末を落としてしまう。


『きらぽよ、カメムシの配信見て』

『ヤバいって!』

『きらぽよ、配信されてる!』


 床に落ちたスマホの画面を、ボクは冷めた目で見下ろした。


「配信!?」

「どこだ!? どこにカメラが!?」


 雷轟殿も玲司殿も、表情を引き攣らせてあたりを見渡す。


「あ、あそこ! あそこにいる!」


 きらぽよ殿が、パーティールームの天井の角を指さした。

 そこに、ボクの妖精カメラがニヤリとへばりついていた。


“やっと気づいたww”

“いえーい、ドラゴン見てるー?”

“人生終了のお知らせ”

“メシウマすぎる”

“拡散拡散っとww”


 ボクの視聴者様が一斉にコメントを寄せてきた。


「【ウィンドカッター】!」


 きらぽよ殿が焦ったようにスキルを発動する。

 風の刃が天井に向かって放たれるが、妖精カメラはひょいとよけてみせた。


「ちょっ……逃げないでよっ!」


“妖精さん有能”

“当たらん当たらん。出直してきなきらぽよ”


 ボクは天真爛漫の笑顔をカメラに向ける。


「どうも皆さん、拙者の配信を楽しんでくれてるでござるかぁ?」


“カメムシ来たぁぁ!”

“ニンニン!”

“ニンニン!”

“ニンニン!”


「拙者は岩隠れ、東京に潜む忍。世の悪を暴き、白日の下に晒す者」


“ニンニン!”

“ニンニン!”

“ニンニン!”


「配信タイトルは――『竜のアギト、忍んでみた』」


 右の人差し指を握り、左の人差し指を立てる。


「これより拙者、悪党三人を社会的に抹殺いたします。公開誅殺時間ニンニンタイム、始まるでござるよぉ?」


“ニンニン!”

“ニンニン!”

“ニンニン!”


 ボクのフォロワーが最高速度で駆け出した。


〈【天神】があなたに10KPを送りました〉

〈【オムツ星人】があなたに10KPを送りました〉

〈【北方の堕天使】があなたに10KPを送りました〉

〈【辺境の操り人形】があなたに10KPを送りました〉

〈【蛮勇と雷火】があなたに10KPを送りました〉

〈【冷血の吸血姫】があなたに10KPを送りました〉

〈【色欲の美魔】があなたに10KPを送りました〉

〈【無垢なる蟲の王】があなたに10KPを送りました〉

〈【快楽の千年竜】があなたに10KPを送りました〉

〈【偽りの涙宝】があなたに10KPを送りました〉

〈【舐める者】があなたに10KPを送りました〉

〈【麗しの骸骨】があなたに10KPを送りました〉

〈【天地雷鳴の悪魔】があなたに10KPを送りました〉



 爆発は、鳴り止まない。



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