第36話 庶民は権力に勝てない件 ①


「失礼します」


 俺はノックもせずに理事長室に入る。

 どうせ退学だ。

 相手にどう思われようと関係ない。


「アポは10時からのはずだったが?」


 部屋の奥に鎮座する男が静かに言った。

 姉貴が夜勤だったから、そういう予定になっていた。


「姉貴が来る前に事情を伺おうかと思いまして」

「…………」


 理事長は何も言わない。代わりに、大きく息を吐いた。


「俺が退学ってどういうことですか?」

「それは君が一番わかっていることだろう。自分の胸に手を当てて聞いてみなさい」


 理事長の態度が気に食わない。

 その言い方はまるで、俺に非があるみたいじゃないか。


「まったく身に覚えがないです」


 俺は正直に言った。

 正真正銘、俺は潔白だった。


「はぁ……。君が悪質ないじめに加担していたことはもうわかっている」

「俺が、いじめに加担? 何の話ですか?」

「とぼけるのか。二条茉莉花という女子生徒だよ」

「……二条って、昨日の動画の――」


 一瞬だけDチューブに現れ、一瞬で消し去られた女の名前だ。

 その動画は俺も昨晩見たのでわかる。


「彼女は学園で悪質ないじめを受けていた。自殺を試みるほどに。心痛い話だ。当時我々はいじめの事実に気づけなかった。だが、対策委員会を立ち上げ調査を進めた結果、そのいじめの主犯格が君だと判明した」

「は? 俺が主犯格? この俺が?」


 何の話かと思えば、冗談にもならない不出来な話だった。

 主犯格はどう考えてもお前の息子だろ。


「君の調査報告は挙がっている」

「そもそも俺は二条さんと話したこともないです。俺が女子と話せるわけ……いや、二条さんは俺がパーティーに入る前にすでに抜けていたんですから」


 だから俺は二条のことを知らないし。

 二条は俺のことを知らない。


「それは君がパーティーに加入するために追い出したんだろう? 自殺に追いやってまで」

「な――」


 俺は絶句した。呆れたと言ってもいい。


「二条さんがいなくなって一番利益を得るのは君なんだよ、御部くん。竜のアギトに加入するために、同じ支援職だった二条さんが邪魔だったんだろう?」


 アホらし。

 その程度の筋書きで、本当に俺を退学させるつもりなのか。

 いくらなんでも幼稚すぎる。


「証拠はあるんですか?」


 俺はドラゴンと同じ手を作った。

 証拠なんてあるはずない。

 だって俺は、二条と話たことすらないのだから。


 そんな俺がどうすればいじめの主犯格になれる?


 さあ教えてくれ、理事長。


 あんたはどうやって証拠をでっち上げる気だ。これまでの状況証拠が、あんたの息子が主犯格だと言っている。誰が見ても明らかだ。それを覆すほどの証拠があるって言うなら、どうぞ見せてくださいよ。


「はあ……君に見せる必要はないと思うのだがね、そこまで言うのなら仕方ない。これが我が対策委員会の調査資料だ。聞き込み調査の結果、君が二条さんをいじめていたという証拠が多く挙がっている」


 机の上に、書類がばさっと置かれた。

 俺はそれを一枚一枚確認し、鼻で笑ってしまいそうになる。


「『校舎裏の倉庫に半日閉じ込めた』……。まったく身に覚えがないのですが」

「複数証言が挙がっている。言い逃れはできない」

「まさかこの証拠全部、生徒の聞き込みで得たものですか?」

「そうだが?」


 それが何か問題でも、とでも言いたげなふてぶてしい態度だった。


「本当に聞き込みしましたか?」

「調査報告を疑っているのかね」

「校舎裏に閉じ込めたって言ってる生徒は誰ですか。名前を教えてください」

「それはできない。個人情報だ」

「本当にその個人情報ってあるんですかね?」

「……はて?」

「本当は、そんなこと言ってる生徒は一人もいないんじゃないですか。だって、俺が校舎裏に閉じ込めたなんて事実はこの世にないんですから。冤罪ですよ、これ。個人情報だ何だと言えば、証拠なんて捏造し放題じゃないですか」

「それは君の想像の話だろう?」


 理事長はそう言って、俺のことを鼻で笑ってきた。


「そもそも、内部の聞き込み調査に信憑性なんてないですよ。本来であれば、学園と関係ない外部の組織にやらせるべきなんです。理事長の息子も容疑者の一人なんですから。じゃないと、理事長の身内が不利になるような証拠は、全部書き変えることができるでしょう?」


 容疑者の親が主導で調査した結果なんて不正があってもおかしくない。


「それも君の想像の話だね」


 人を見下すような目が、俺を冷え冷えと射抜く。


「こんなの全部デマですよ、付き合ってられない」


 俺はこのお粗末な聞き込み資料をすべて破り去って、理事長室で暴れ回りたい気持ちで狂いそうになった。


 まさかだった。

 まさか、捏造のクオリティがこんなに低いとは。


 外部の審査が入れば、こんな証拠は一つとして認められない。

 勝負にすらなっていない。

 よくこんなもので俺を退学させようとしたものだ。

 おかげで、俺の気分はどんどん害されていく。


「真実かどうかは関係ない。私はこれらの証言に効力があると考えている。この書類を提出して記者会見を開けば、世間は1年後にはこの事件を忘れる」


 俺には形だけの証拠で充分ってわけだ。

 要はあれだろ、金と権力で揉み消すんだろ。

 かつての二条茉莉花のように。


「俺に罪をなすりつけるつもりなんですね。自分の息子を守るために」

「…………」


 理事長は押し黙った。

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