第35話 この世の終わりを誰よりも願っている件



 また陽が昇る。

 新学期早々、始業式をサボってしまったから、今日は学園に行かないとな。


 せっかく名門校に入学できたのだ。

 パーティーを追放されたとは言っても、学園でやるべきことはたくさんある。俺の人材価値を高めて高年収のギルドに就職するためにも、今後はサポートスキル以外の勉学と修練に励んでいこうと思う。


 俺には『修練と時の部屋』もあるしな。

 今の保有KPは30もある。

 何かあれば1ヶ月ほど引きこもることも可能だ。


「さて、と」


 俺はいつものように5時に起きて、姫花の朝ごはんとお弁当を作る。動画配信で一月100万円以上の広告収益が入ったから、朝ごはんに俺のぶんが加わるようになった。


 かと言って、散財するつもりはない。

 今の日本は先行きが不透明だ。


 俺が爺さんになるころには、年金制度も介護保険も生活保護も破綻すると言われている。老後4000万円問題も浮上した。将来が不安なのは変わりない。


「お弁当持ったか?」

「持った。行ってきまーす」


 俺は玄関で姫花の出発を見送る。

 今日も姫花は愛らしい。

 俺は小学生のときから間近で椿山遥妃を見てきたからわかる。負けず劣らず、姫花もトップアイドルになれる器だ。決してシスコンではない。


「ふー。俺も準備するかぁ」


 俺はエプロンを脱ぎながら、玄関から廊下へ踵を返す。

 ポケットの中で振動を感じた。

 俺はスマホを引き抜き、画面を見下ろす。

 発信者は、御部千早。

 姉貴だった。


「もしもし、どした?」


 たしか今日は夜勤明けだったはずだ。


「ねえ桐斗、退学ってどういうこと?」

「退学?」




     *




 俺は皇学園の校門を抜けて、玄関前の学内掲示板に向かった。

 俺の他にも何人か掲示板を読んでいる生徒がいたが、俺の顔を見るや否や目を逸らして足早に去っていった。


 俺は掲示板の文章を目で追い、そして息を呑んだ。





 ─────────────────


 皇学園学則△△条に基づき、以下の者を退学処分とする


 御部桐斗


 理由:学校の秩序を乱し生徒としての本分に反するため


 ─────────────────





 姉貴の電話の通りだった。


「……どういうことだよ」


 俺は両手で掲示板を叩きつけた。

 手のひらに、ばしんと鋭い痛みが走る。


「どういうことなんだよ!」


 こんな理不尽があっていいのか。

 一体俺が何をしたっていうんだ。


「誰も彼も俺に出ていけって、ふざけるのも大概にしろよ!」


 俺はただ、一生懸命生きていただけなのに。

 生きているだけで、どうしてこんなに追いやられるんだ。

 俺はこの世界に存在しちゃいけない人間なのか?


「おいおい、なんで部外者が学園にいるんだ?」


 俺の隣に、ガムをくちゃくちゃと噛む男が立った。


「ドラゴン……」


 俺はその男を睨み上げる。


「お前もううちの生徒じゃねェだろ」


 ガム風船を膨らませ、ドラゴンがニヤリと笑った。


「お前、俺に何をした」

「なに疑ってんだよ害虫。オレは何もしてねェぜ」

「お前しか考えられないんだよ」


 学園の力を行使することなんて、ドラゴンにしかできない。


「証拠は?」

「っ……」


 そんなものない。

 それをよく知っているから、ドラゴンは愉快そうに俺の肩をばしばし叩いてくる。


「晴れてお前は中卒の身ってわけだ。まあせいぜい人生がんばれよ。底辺は底辺らしくなァ!」


 ドラゴンの耳障りな哄笑を無視して俺は歩く。


「おいゴキブリ、どこ行くんだよ?」

「荷物を取りにだ。退学なんだろ?」


 いいぜ、退学してやるよ。

 それがお望みなんだろ?

 その前に、お前の親父に殴り込んでやるがな。


「ククク、クハハ……! 『ゴキブリ、三度追放してみた』!!」


 どうでもいい。

 どうかこの世界が、一日でも早く終わりますように。

 俺はそれだけを強く願っていた。



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