第31話 教室で殺虫燻煙剤を撒かれた件



 新学期。

 皇学園の豪奢な校門を何人もの学生たちが通り過ぎていく。

 俺はそんな学生たちを追い越し、足早に下駄箱へ向かった。


〈堂本雷轟より申請が来ています。パーティーを脱退しますか?〉


「またか」


 どういうことだよ。


「NOだNO」


〈パーティーの脱退を拒否しました〉

〈堂本雷轟より申請が来ています。パーティーを脱退しますか?〉


「しつこい。どういうつもりだ、ドラゴン」


 下駄箱の上履きを床に落とし、俺は乱雑に靴を履き替える。

 気が急いて、知らぬうちに走り出していた。

 教室の扉を開け放つと同時に、窓際の席に勢いよく詰め寄っていく。


「おいドラゴン、あの申請はなんだ?」

「おうゴキブリ、おはよう」


 机に足を乗せて座るドラゴンが、憎たらしい笑みを浮かべた。


“おはようww”

“登校して早々にブチギレ案件”


 ドラゴンのまわりをちろちろと妖精カメラが飛び回っている。

 俺のリアクションを視聴者に配信するためだろう。


「あの申請はなんだって聞いてるんだ」

「ありゃァそのままの意味だよ。お前はパーティーから脱退だ、お疲れさん」


 何でもなさそうにドラゴンは言ってのけた。


「なんでそうなる。俺はドラゴンが出した条件をクリアしただろ」

「クリア? なんだそりゃ。お前がいつクリアしたよ?」

「は? だから10万人――」

「夏休み最終日、8月31日23時59分。お前の登録者は何人だった?」

「100080人だ」

「ほらな、クリアしてねェ」


 ドラゴンの言っている意味がまるでわからない。


「なに言ってるんだ。達成条件は10万人だったはずだ」

「違う。オレは10万人増やせって言ったんだ」

「だから増やしただろ!」


 話が通じない。椅子ごと蹴り飛ばしてやろうかと思った。


「いいか、よォく聞け。バカなお前でもわかりやすく言ってやる。オレがこの条件を持ち出したとき、お前の登録者は180人だった。そこから10万人増えたら何人になる? 小学生でもわかる計算だ。そう、100180人。お前はあと100人足りねェんだよ、ゴキブリィ!」

「いや――」


 落ち着け。

 ここで怒りに任せれば今までと同じだ。


「そんなはずはない。ドラゴンは確かに10万人達成したら再加入を認めると言ったんだ。増やす、じゃなく、達成だ。過去の配信を今から一緒に確認してみるか?」


 俺の記憶が正しければ、クリアの条件はそのはずだ。


“どっちの言い分が正しいんだ?”

“検証班頼む”

“過去動画を見てきたが、言い分はゴキブリが正しい”

“結論出たな。くたばれドラゴンww”


「ああ、すまんすまん。日本語って難しいな。オレはあのときそういうつもりで言ったんじゃねェよ。本当に言いたかったことは、10万人達成じゃなくて、10万人増加のほうだったんだ。悪いな、伝え方がよくなくて」

「卑怯だぞ。あとからだったら何だって言える」


〈堂本雷轟より申請が来ています。パーティーを脱退しますか?〉


「だからしないって言ってるだろ!」


 神々のアナウンスを搔き消すように、俺は大きく腕を振るった。


「ギャンギャン喚くなよ、ゴキブリ。そういうことなら仕方ねェ……」


 ドラゴンが立ち上がる。

 立ち上がって俺を見下ろしてくる。


「お前は強制追放だ」


“ふぁ!?”

“追放なんかできるのか?”

“一方的な契約破棄はできない”


「オレのパーティーから失せろ」

「そんなことはできない」


 俺は真下から睨み返した。


「なぜだ?」

「俺の同意がないと脱退できないはずだ。だから俺はドラゴンの申請を何度も突っぱねてるんだ。それがこの世にダンジョンを生み出した神々のルールだ」


“ダンジョン法はゼッタイ!”

“楽しく元気に配信しましょうの精神”


「そんなゴキブリに朗報だ。これは何でしょう?」

「それは……」


 ドラゴンがポケットから取り出したものに、俺は思い切り歯を食いしばるしかなかった。


“!?”

“マジか!”

“まさかの神璽しんじ


 ドラゴンの手にあるのは、クリスタルで構成される不可思議な立方体。俺だけでなく、他の人も教科書で見たことあるはずだ。

 それほどのレアアイテム。

 神々の玉印である。


「これがあればリーダーはメンバーを強制追放できる」


“神璽って100KPくらいするだろ”

“100KPもすんの!?”

“ゴキブリを追放するためだけに高ポイントを支払うドラゴンw”

“神のアイテムを出されたらゴキブリにはどうしようもない”

“これもまた神々の定めたルールだ”

“あばよゴキブリwww”


「待てよドラゴン……待ってくれよ……」


 俺は制服の裾をぎゅっと握った。

 こんな終わり方は、あんまりだ。


「ごちゃごちゃうるせェなゴキブリ。これ以上口を開くな。バルサン炊くぞ」


“バルサンwww”

“草”

“バ ル サ ン”

“ドラゴン節が止まらねぇw”

“今日一吹いたわ”


「バルサンはバルサンでも、神様お手製のバルサンだがなァ!」


“キタキタキタ~!!”

“神回ww”

“ドラゴン最高すぎる”

“ゴキブリざまぁ!w”


 神々の玉印が痛烈に光り輝く。


〈神々の権限によりあなたはパーティー『竜のアギト』から追放されました〉


「ゴキブリはゴキブリらしく、雑菌の湧いた底辺をずっと這いつくばってろ。陰気臭ェ巣穴に引っ込んで、二度とオレたちの目の前に現れるな。忘れてるかもしれないが、お前は世界一嫌われてる害虫なんだからな?」


 俺は膝から崩れ落ちた。

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