第30話 ついに決着の時を迎えた件
「は? なんだよこれ?」
俺は目の前で起きていることが信じられなかった。
四畳半の部屋がぐにゃっと歪むような錯覚に陥る。
「ドラゴンのやつ、一体何をしてるんだ」
俺はドラゴンの配信を食い入るように見つめた。
どういうわけかドラゴンは、俺の登録者を減らす企画を敢行しているらしい。
俺の瞳に映るのは、『ゴキブリ、二度追放してみた』の文字。
俺の胸がどす黒く塗りつぶされていく。
「さっきのおめでとうは嘘だったのかよ。そこまでして俺を追放したいのかよ。俺はあの厳しい条件を真正面から突破したんだぞ。なのにあいつは金で俺の登録者を奪ってる」
俺のこの3日間は一体何だったんだ。
俺は拳で畳を叩いた。
ぼすっと音がして、指に鈍い痛みが走る。
“なんかムカついてきた”
“俺たちの努力の結晶が……”
“理不尽すぎる”
“たぶんゴキブリ、カメラが回ってないときもずっとこんな理不尽を受けてきたんだろうな”
そうだ。
“容易に想像できる。これはメンタルに来るわ”
これは幾度となく繰り返されてきたことだ。
“ゴキブリ、これが現実だ。社会ってのものは理不尽にできてる。残念ながらこの世で金は強大な力なんだ。力ある者が弱者を食うんだよ。今も昔も”
“だからって諦めろと?”
俺は後ろ手について、ぼろい天井を見上げた。
「諦めたくは、ないよなぁ。まだなにかできることはあるかな」
“あんなパーティー抜けろ。俺はお前がどんな道へ進んでも応援してる”
“[¥2000]金なら支援する。お前ならソロでも稼げるよ”
視聴者さんのコメントが嬉しかった。
だけど――
「ありがとう。でも俺、もうちょっと頑張ってみるよ」
“ゴキブリ……”
“わかんねーやつだな”
“また傷つくぞ?”
“損するのはお前なんだぞ”
「妹と約束したんだ。負けないって。勝つって」
姫花が頑張るって決めたのに、俺が頑張らないでどうする。
俺は姫花のために、そして俺自身のために、勝ちたいんだ。
もう負けっぱなしは嫌なんだよ。
“ゴキブリ……”
“お前……”
「これは、俺自身の戦いでもあるんだ。過去の自分に……逃げてきた自分に、勝ちたいんだ。俺だって本当は、胸を張って生きてみたいんだよ。惨めに負け続ける人生なんて、もう嫌だ」
“ったく、しょうがねえなぁ”
“やれやれ手の焼くゴキブリだぜ”
“妹との約束は絶対だよなゴキブリィ!”
“OK。俺たちにできることはあるか?”
「お前ら……」
俺は鼻をすすった。
ディスプレイの光が希望の光に見えた。
“まず、拡散は継続だ”
“それはマスト”
“拡散するにしても迷惑行為は禁止な。アンチが増えると逆効果だ”
“今から新しい動画は上げられるか?”
“企画があっても、編集の時間がない”
“とりま拡散してきた”
“OK”
“ゴキブリすまん。今俺たちにできることは宣伝することくらいだ”
「充分助かる。確かに今はこれしか手立てがない」
“GM:ドラゴンとゴキブリのやりとりを切り抜いたぜ。ゴキブリを応援したくなるように編集しといた。トゥイッターに上げるから拡散よろ”
“任せろ”
“残り30分、現在100600人”
“増える数と減る数で均衡が取れてきた”
“停滞”
“いや拡散が弱い”
“このままいけば30分耐えれるか?”
俺は祈るように時計と登録者数を眺めた。
残り10分。
“現在100300人”
“じわじわと押されてきてる”
“ドラゴン側の視聴者からすればデメリットないもんな。登録解除してスクショして10万もらって、で、もらったあとにまたゴキブリを登録すれば元通り。すべてワンクリックでできる、ノーリスクな小遣い稼ぎだ”
残り1分。
“現在100100人”
“いけるか?”
“おいフラグww”
“耐えてる耐えてる”
“今もゴキブリダンスが再生され続けてるからな”
時計の針が0を回る。
本日9月1日0時0分。
ついに、決着の時だった。
“現在100080人。ミッションコンプリート、おめでとうゴキブリ”
四畳半の部屋に、一瞬、静寂が訪れた。
だが次の瞬間、コメント欄が爆発した。
“うおおおおおおおおおおお”
“今度こそ完全勝利キター!”
“やりやがったあああああ!”
“今度こそ文句は言わせない”
“掛け値なしの勝利だ”
“また俺たちが勝利してしまったか……”
“おめでとう! ずっと応援してた!”
“GM:あれ? また俺なにかやっちゃいました?”
“グッジョブだよGM!”
“ガチで功労者ww”
「うっ……うっ……」
くすんだ畳に一つまた一つと染みが増えていく。
拭っても拭っても、涙が止まらない。
“なぁに泣いてんだよゴキブリ”
“まあよく頑張ったよ”
“やば、俺までもらい泣きしそう”
俺は顔面をびしょびしょに歪めたまま言った。
「……夏休みの宿題まだなの忘れてた……」
“はい解散”
“涙返せ”
“GM:今日からアンチです対戦よろしくお願いします”
この場は笑いに満ち溢れ、一件落着と思われた。
〈堂本雷轟より申請が来ています。パーティーを脱退しますか?〉
「――は?」
このアナウンスが届くまでは。
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