第28話 一方その頃ドラゴンがサイコパスな件 ①



 ♠ ◆ ドラゴン視点 ♣ ♥



 タイトル『赤羽ダンジョン配信』。


 夏休み最終日。

 オレは赤羽ダンジョンの低層を潜っていた。

 山奥の洞穴みたいな迷宮の中を、妖精カメラが縦横無尽に飛び回る。


“1コメ”

“ばんわー”

“明日から新学期だろ。いつまで潜るの?”


「あと1時間だけ潜る」


 視聴者と交流する。

 これもDチューバーの大切な仕事だ。


“なんでEランク?”

“もっと高ランク行けばいいのに”


 視聴者共の疑問ももっともだ。


「ちょっと最近うまくいかなくてよ、雑魚モンスターで憂さ晴らししてくるわ。お前らのコメントで盛り上げてくれ」


“悪い奴ww”

“ゴブリンさん逃げてー”

“ストレス発散乙”

“派手に頼むぞドラゴン”


 同接数も瞬く間に伸びている。

 いい感じだ。

 雑魚モンスターを蹴散らすたびにオレを褒め讃えて、きっちり気持ちよくさせてくれよ。


“ドラゴン敗北ww”

“土下座配信マダー?”

“ドラゴン、ごめんなさいは?”

“ねえどんな気持ち今どんな気持ち?”


 コメント欄に嫌な空気が充満した。

 オレは探索の足を止める。

 今日はやけに絡んでくるやつが多い。


 ちっ、とオレは舌打ちをする。


 だが人気者になればこういうことはよくあることだ。

 人気税というやつだ。


 ちょっと煽っておもちゃにしてやろう。そうすりゃ、オレの代わりにファンたちがアンチ共を攻撃してくれる。ファンを上手に使うのも、Dチューバーとしての能力だ。


「いつもより変に絡んでくるやつ多いな。どうせお前ら、根暗ニートなんだろ」


“コイツまだ現状を把握してない件w”

“うはwwメシウマww”

“つURL”


 唐突に送りつけられた文字列。


「ん? なんだこれ?」


 覗いてみるとオレは愕然とした。


 ゴキブリチャンネル。

 登録者102236人。


「……は!?」


 オレは目を剥く。

 頭が真っ白になって、呼吸をするのも忘れる。


“気づいたww”

“おせーよ、あくしろ”

“ゴキブリ、竜のアギト復帰おめでとうございまーす!”


 オレは手の甲でごしごしと目蓋を擦る。

 何度目を擦っても、ありえない光景が目に映っている。


「なんであのクソチャンネルに10万人も登録してんだよ?」


 オレの声がダンジョン内にこぼれ落ちた。


“クソチャンネルw”

“草”

“成長企画とは”

“椿山遥妃と間接コラボしてバズった”


「椿山、遥妃?」


 登録者600万人を超えるあのアイドルと?


「ありえねぇ、ありえねェ!」


“はるる砲、一撃5万フォロー”

“完 全 敗 北”


「一体何が起こってやがる」


 オレはすぐさまスマホを操作して事態を確認する。

 ゴキブリ、というワードが大量に目に殴りかかってきた。


 オレは事態が呑み込めない。


 トレンド入りしている動画が軒並み、『ゴキブリ』というワードをタイトルに入れていた。しかもメスガキだ。自分を可愛いと勘違いしているメスガキが、こぞって『ゴキブリダンス踊ってみた』を上げまくっている。


 その中で再生回数が堂々たる1位に君臨しているのが、椿山遥妃だった。


「なんだこのダンス。元ネタはゴキブリ……そうかそういうことか」


 どうやらこのゴキブリダンスの発案者はアイツらしい。

 悪知恵が働いたものだ。

 女共が真似しやすいようなコンテンツを作って飛びつかせたのだ。


「結局アイツは他人頼みで、アイツ自身の力じゃねェってことか。たまたま運よくコラボできて登録者が伸びたってか。オレはこんなの認めねェぞ?」


 自分の力じゃ何もできねェカスはお呼びじゃねェんだ。


“負け犬の遠吠えw”

“ゴキブリの実力ではないのは確か”

“人脈も実力のうちじゃね?”


「うるせェなカス共。成長企画に卑怯な手は趣旨違反だ」


“などと供述しており”

“ルールがあるなら先に提示しろ”

“あとからだと何でも言えるぞトカゲ”


「あ? 殺すぞ?」


“ひぃっ”

“ごめんなさい”

“殺人者の目をしてた”

“一生のトラウマだよ……”


 アイツの視聴者がオレのチャンネルに流れ込んできているようだ。

 わざわざこんなことを告げるために。

 やることが根暗陰キャすぎて鳥肌が立ってしまった。

 コイツらはこうやってネットでしかイキることのできないゴミなのだ。実際に道端でオレと出会って、今の発言を面と向かって言える奴がどれだけいる? 


 皆無だ。


「アイツの登録者キショすぎだろ。ゴキブリダンスってなんだよ。こんなの見て登録するやつは社会のゴミだゴミ。生きてて恥ずかしくねェのかよきめぇ」


 現実社会で胸を張って生きていけないから、こんなクソみたいなネットにすがりつくしかできないのだ。そんな惨めな人生を一生懸命歩んでるなんて可哀想に。本当にこのゴミ共、一体何のために生きてるんだ?


「ネットでしかイキれない雑魚は集団自決してくれてどうぞ」


 それが日本の未来のためだ。


“ドラゴン節キタァー!”

“社会のゴミ……うっ……”

“ぐさっ……”

“メンタルに来てるやつ続出w”

“おいw今の発言でゴキブリの登録者100減ったぞw”

“ドラゴン信者の絵踏みが始まった”


 ……減った?


 そのとき、オレの手の中でスマホが鳴った。

 ぎろりと視線を動かし、光るディスプレイを見る。

 発信者はゴキブリだった。


「…………」


“鳴ってるぞ、出ろよ”

“相手はゴキブリだろ。いま配信しながらかけてる”

“視聴者を味方につけて居留守させない作戦w”

“ゴキブリチャンネル、何人か参謀がいるっぽい”


「配信中?」


 視聴者共の使い方がえらく上手になったじゃねェかゴキブリ……。

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