第27話 俺の視聴者はマジですごい件


 8月31日。21時10分。


 俺は新たなライブ配信をしていた。


『お前らありがとう。妹と仲直りした』


 あれから3時間、妹の部屋で正座した。

 腹を割って話し合った。

 俺がどうして10万人を目指しているのか。


「仲直りできた!」


 そして。

 俺の祈りが姫花に通じた。


“よかったな”

“ダンス辞めないって?”


「ああ。一生懸命練習するってよ」


 姫花の口からその言葉を聞いたとき、俺はほっとして全身から力が抜けた。

 俺のせいで大切な夢を諦めてほしくなかった。


“そうか。よかったよかった”

“お前もがんばらなきゃなゴキブリィ!”

“お前ら何か忘れてないか。あと3時間で夏休み終わるぞ”

“あ……”


 俺は一気に血の気が引いた。

 妹のことが重大事項すぎて、すっかりそのことが頭から抜けていた。


「やばいどうしよ。10万人間に合わない」


 あと3時間!?

 あと3時間で5万人だって!?


“ゴキブリ登録者見てみろ!!”

“は?”

“え?”

“9.5万人!?”


 俺はコメントをそっちのけにして、パソコンの画面を食い入るように見た。

 ありえない光景が映っていた。

 登録者数95622人。

 俺が姫花と話し合っていたこの3時間で一体何が?


“一体何が起こってやがる”

“バグったか?”


 視聴者さんもこの状況が呑み込めていないようだ。


“原因がわかった。椿山遥妃だ。椿山遥妃がやりやがった”


 遥妃ちゃん?


「どういうことだ!」


“椿山が2時間前、歌舞伎町タワーでゲリラライブをしたんだ。急上昇に載ってバズりにバズりまくってる。再生数が本家よりも上ってオチつき”

“いつの間にww”

“ゴキブリが兄妹喧嘩してる間にすげーことになってる”

“URL貼っとくね”


『現役アイドルがゴキブリダンス踊ってみた』


 ふぁ!?


“ゴキブリダンス踊りやがったのかアイツww”

“はるるが「ゴーキゴキブリぽん、ぽんっ♪」って言っててウケるww”


 震える手で動画をクリックすると、俺のダンスを踊るアイドルがいた。

 可憐に、美しく、愛嬌たっぷりに。


“くっそカワイイんだが?”

“なんだこれ! なんだこれ!”

“待ってくれ、ゴキブリダンスってこんなにキャッチでポップだったの?”


 俺だって知らないよ、こんなダンス。

 椿山遥妃が踊るとここまで変わってしまうのか。


“中毒性がヤバい。病みつきになる”

“はるるの物理で殴ってくる王者感がたまらん”

“ヤバい。気がつけばリピってる”

“本物、という言葉がこれほど似合うアイドルはいない”

“おいゴキブリ、キレていいぞ。本家よりクオリティ高いもん出されたんだ。殴り込みに行こうぜ、歌舞伎町。援護するぜ、島根から”

“島根ww関東来いよww”

“アイドルの本気に勝てるわけねぇよなゴキブリィ!”

“GM:おい動画の概要欄見てみろ”

“ゴキブリ成長企画、応援してます♡ だっておww”

“草”


 コメント欄の最大瞬間風速が更新される。


「…………」


 一緒に登下校したあの夏の日。

 俺の手を引いて走る遥妃ちゃんの姿が、なぜか今唐突に思い出された。いつだって遥妃ちゃんは、その太陽のような笑顔で俺を引っ張ってくれた。


 遥妃ちゃんはあの日から何も変わっていない。

 変わってしまったのは――


“はるる砲で5万人増えたのか”

“イケる、イケるぞゴキブリ”

“あと3時間で5000人だ!”

“1時間1700人ペース”

“いっけええええええ!”


 コメント欄はもう誰にも止められない。

 制御を振り切って暴走状態だ。

 何千何万という視聴者が荒波となって俺の動画に押し寄せてくる。

 何千何万という金が嵐のように投げられてくる。

 大きな波が大きな波を呑み込んでいく。


“翔べ。誰よりも高く”

“ドラゴンに一泡吹かしてやろうぜ!”

“行くぞお前らァァ!”

“拡散祭じゃぁあああ!”

“伝説の始まり”

“このまま行け、行ってしまえ”

“しゃおらあぁぁぁ!”

“おいおい、ゴキブリチャンネルはこのセリフを何度言わせるつもりなんだ。


こ れ は 祭 の 予 感”


 古来より人は天災には抗えない。

 俺はこの大きな流れにただ身を任せることしかできない。


 22時19分。


 100001人。


“10万人達成キタ――――!!”

“マジでやりやがったよコイツ”

“前人未到”

“俺はいま猛烈に感動してる”

“メ シ ウ マ”

“明日ドラゴンがどんな顔するか楽しみだな”

“ドラゴンの「参りました」でごはん3杯いける”

“早く明日になってくれ”

“登校配信よろしく~!”

“まだだ。まだ減るかもしれない。油断するな”


 23時01分。

 102236人。


“ここまで来たら安泰だな”

“完膚なきまでの勝利”

“ドラゴンスレイヤー”

“この結果に誰も文句は言えない”

“改めておめでとう、ゴキブリ!”

“祝・竜のアギト復帰!”

“やり遂げたんだな、ついに”

“ドラゴンざまぁww”

“これは我々全員の勝利である”


「それは間違いない。お前らすごいよ、やるじゃん」


 マジでこの人たちはすごい。


“くっそww”

“謎の上から目線”

“最後まで偉そうw”

“腹立つわww”


 俺の称賛とは裏腹に、コメント欄は荒れるのだった。




     *




 一方その頃ドラゴンは――




『赤羽ダンジョン配信』


 夏休み最終日。

 オレは赤羽ダンジョンの低層を潜っていた。

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