第25話 身バレした件
「ゴキブリダンスって……何?」
「――へ?」
途端にコメント欄が急加速を開始した。
“バレたwww”
“きっつw”
“修羅場?”
“黒歴史を妹に見られるとか”
“もしかしてゴキブリスプレーのシーンも見たのかな?”
“こんなお兄ちゃんは嫌だ”
“声かわいいな。顔見せて”
「いじめって、何?」
「ちょ、ちょっと待て。何の話だ?」
俺の心臓が痛いくらいに早鐘を打つ。
「友達にバズってるからって見せてもらったの、ゴキブリダンス。ゴキブリに囲まれて踊ってるのがお兄ちゃんだった。どういうこと?」
「ふぁ!?」
“言い逃れできない”
“く、苦しい”
“『ゴキブリに囲まれて踊ってるのがお兄ちゃんだった』。妹からすると、人生で一度も言いたくないパンチライン”
“完全に詰んだな”
“必死に隠してたのに笑”
「えっと、ふぁ!?」
“わかりやすいくらいに焦るゴキブリ”
“あちゃー見られちゃったかー”
“ゴキブリ、悪手だったな。ダンス習ってる妹がいりゃ流行りのダンスは見るに決まってんだろ。まあ、バレるまで俺も気がつかなかったけどな!”
俺はコメント欄をまともに見れない。
姫花の凍えそうなほど冷たい表情が死ぬほど恐ろしかった。
「Sランクのモンスター倒したときの動画も見た。お兄ちゃんひどい扱い受けてた。お父さんとお母さんもバカにされて、お姉ちゃんも……。それにお兄ちゃん、死にかけてたじゃん!! ドラゴンって人のせいで!!」
“おうふ……”
“落ち着けゴキブリ。一回配信切れ”
「な、な、何が?」
“何がってなんだよww”
“ダ メ だ こ い つ”
“パニクって俺らのコメント見れてない”
“配信切れバカ”
「わたし、ダンス辞める」
“!?”
“!?”
“!?”
「それは駄目だ。姉貴とも約束しただろ。お前は夢を叶えるんだ」
俺は姫花に歩み寄る。
それだけは駄目だった。
俺の夢は、俺たちの夢は、姫花がとびっきりの笑顔で夢を叶えることだからだ。そのためなら、こんないじめなんて屁でもなかったんだ。
「お兄ちゃんが辛い思いしてまで夢を叶えたくない!」
「姫花」
「ダンス辞める。貧乏のままでいい。あんなお金の稼ぎ方おかしいよ」
「あのいじめはビジネスいじめで――」
「竜のアギトなんか戻らなくていいじゃん!」
ぴしゃりと言い捨てられて、俺は二の句が継げない。
「バカにされて、ヘラヘラしてて、カッコ悪いよお兄ちゃん」
俺は俯いて、拳を握り締めた。
“カッコ悪いよお兄ちゃん。これはダメージでかい”
“俺だったら立ち直れん”
“ゴキブリは姫花ちゃんのためにいじめられて、姫花ちゃんはゴキブリのために夢を諦めるっていう。なんというか、世の中うまくいかんなぁ”
“どっちも間違っちゃいない”
“ぶっちゃけ今の再生数だと広告収益でお金の問題が解決すんじゃね?”
“でもアレだろ。ゴキブリの目標は大手ギルドに入ることだろ”
「……うるせえよ姫花。お前は黙って練習してろ」
俺は震える声で言った。
「なにそれ」
姫花は何も悪くない。
悪いのは全部俺だ。
何の才能もなくて。
プライドもなくて。
大切な人を心配させるような惨めな金の稼ぎ方しかできなかった。
「ダンスで人を幸せにしてたらいいんだよお前は」
姫花は何も悪くないのに、俺の口から出るのは、棘のある言葉ばかりだった。
「お兄ちゃんが幸せになってないのに、人なんか幸せにできないでしょ」
「俺は幸せだよ。お前が決めるな」
「ダンジョン配信してるお兄ちゃん全然楽しそうじゃなかったじゃん! もっと自分の心に正直になってよ! わたしのために自分を犠牲にしないでよ!」
“おいおい……”
“普通にケンカが始まってる件”
“互いに立場がある”
“姫花ちゃんの立場だったら、まあ辛いよなぁ”
「はあ……。わっかんねえやつだな」
俺はため息を吐き、頭を乱暴に搔いた。
「とにかく、わたしは竜のアギトに戻るの反対だから」
バン!
姫花が思い切り襖を閉めて、ドタドタと自室へ帰っていく。
「…………」
“空気が重い”
“ひりつくぜ……”
“ゴゴゴゴゴゴゴ”
俺は天を見上げ、目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。
「…………」
それからのろのろと畳の上を歩く。
折りたたまれた敷布団から掛け布団を引き抜き、それにくるまって部屋の隅っこで膝を抱える。
「なあお前ら……」
俺はくるまった布団から顔を出す。
「助けて」
“ったく”
“しょうがねぇなこのゴキブリはよォ!”
“お代は高くつくぜ?”
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