第24話 圧倒的に時間が足りない件
8月31日。17時47分。
「100万回再生なんて『和解動画』以来だ……」
ゴキブリチャンネルという名の男がゴキブリダンジョンでゴキブリダンスを踊っている動画がネット界隈で前代未聞のバズり方をしている。
視聴者さんが編集してくれたこの動画は、たった6時間で100万回再生を越え、今もずっと再生され続けている。
これ以上は無理だと思ったメントススライムをあっという間に抜き去っていった。
熱望していた2日連続のバズが現実のものとなり、俺は足が震える。
『ゴーキゴキブリぽん、いえいっ♪ ゴーキゴキブリぽん、ぽんっ♪』
Dチューブで俺の動画を開くと、可愛らしい女の子の声が流れてくる。
視聴者さんの中に声優志望の子がいて、アニメ声で歌をつけてくれたのだ。
いや、そんな子が俺の配信見るなよ。もっと他に見るのあるだろ。
日本の未来、大丈夫か?
画面の中央で数百万のゴキブリに囲まれて踊っている男が俺だ。
さすがはダンスに半年間を捧げただけはある。我ながら美しい所作だ。スキル【天舞】のレベルを15まで上げた甲斐がある。まさか味方のバフスキルを、こんな使い方されるとは神様も思わなかっただろう。
俺は動画を下へスクロールし、コメント欄を確認していく。
“閲覧注意”
“キレッキレなのがムカつくww”
“何回も再生してしまう。中毒性あるわこれ”
“まわりの黒いモザイク何ー?”
“気にしたら負けだ”
コメント数も万を越える快挙。
運がよかった。
いろいろな要素が絡まりあってくれた。
「どうも御部です。ライブ配信始めます」
俺は四畳半の部屋で妖精カメラを飛翔させる。
“待ってたぜゴキブリィ!”
“そこどこ?”
「部屋。お前らと今後の作戦を相談しようかと」
“おk”
“把握”
“登録者爆伸びおめ!”
「登録者も一気に伸びて4.5万人になったけど、目標達成には程遠い。今日で夏休みも終わりだ。マジでヤバい。お前ら、何かいいアイデアあるか?」
“だからなんで偉そうなんだよww”
“モーニングルーティンもやったし、1000℃鉄球もやったし、メントスコーラもやったし、結構有名どころは手当たり次第やった気がする”
“メントスコーラは成功だったな。面白かった”
“ゴキブリダンスもバズってるぞ。今だってかなり再生されてる”
“各種SNSで拡散されまくってるもんな”
“後追いでコピーダンスするJKとか出てきたぞ”
“マジかよww”
“再生はされてるが登録まではしてもらえてないな”
“もう少し時間があれば10万人行くと思うんだけどなぁ”
“時間の問題だけど、その時間がない”
“ネタ切れだ。これ以上打つ手がない”
視聴者さんはみんながネタ切れを感じていた。
「ふー……」
万事休すか。
頼りになるのはゴキブリダンスだが、果たしてどこまで伸びてくれるか。
“せめてあと2日、いや1日あれば……”
“なあお前ら聞いてくれ。いま震えてる”
“お?”
“どうした?”
急にコメント欄が不穏になってきた。
「何かあったのか?」
俺は恐る恐る尋ねた。
“椿山遥妃のマネージャーからメールの返信が来た”
“はああ!?”
“寝言は寝て言え”
「返信の内容は?」
俺は食い入るようにパソコン画面を見た。
“端的に言うと、はるるがゴキブリダンスを踊りたいらしい。許可をくれと”
“ふぁ!?”
“うっそだろww”
“登録者640万人のアイドルを味方につけるゴキブリww”
“完全に来てるぞ、追い風が”
“すぐ返事しろ。OKだOK”
“今日中に動画をあげてもらえ”
「そうか……そうだよな。頼む」
フラれた相手から連絡が来るのは複雑な心境だが、今の状況ではそうも言っていられない。
俺はカメラに向かって力強くうなずいてみせた。
“いやいや、俺はゴキブリのマネージャーじゃないから、直接やりとりしてくれって返事しといた”
“逃げたw”
“お前コテハンつけろ。GM(ゴキブリマネージャー)”
“ぱっと見ゼネラルマネージャーw”
“GM:ついでにこの配信のURLも送ったぞ”
“何してんだww”
“大草原”
“いえーい見てるー?”
“マネージャーさんちーっす”
“俺らのゴキブリを羽ばたかせてくれ”
“ひえっ”
“字面がキモすぎてワロタ”
「DM来てるわ…」
インターネットからDネットを経由して、Dチューブのアカウントに通知が届いていた。ベルマークの上に、赤字で『1』と吹き出しが出現している。
“有能”
“草”
“コラボのきっかけを作っただけでもGM偉業”
“祭の予感”
“何が起こるんです?”
俺は送付されたDMをクリックする。
すると堅苦しい文面が目に飛び込んできた。
『ゴキブリチャンネル 様
初めまして。
株式会社D.S.エンターテインメントにて椿山遥妃のマネジメントをしております
鈴木さんか。
俺はパソコンのキーボードを叩き始めた。
“タイピング早すぎw”
“鬼のような打鍵速度”
俺はエンターキーを、ったーん! と弾く。
「許可とか気にせずOKですと返信しといた」
“お前さあ……”
“ガキのメールじゃねえんだぞ”
“ビジネスメール学んどけw”
“GM:俺ですら文面整えたぞ。だからマネージャーと勘違いされたわけだが”
“これだから学のないやつは”
「お兄ちゃん」
そのとき、部屋の襖から妹が顔を覗かせた。
その表情があまりに暗くて、俺は言い知れぬ焦燥感を抱いた。
「おお、姫花。どうした。いま配信中なんだけど」
「ゴキブリダンスって……何?」
「――へ?」
“バレたwww”
途端にコメント欄が急加速を開始した。
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