第23話 一方その頃ドラゴンが困っている件②



「あいつ倒せばやっと帰れるぅ~~」


 綺羅子が宝珠の収まった杖を構えた。


『ギィィィィィイ!』


 炭化した蜘蛛を踏み進む真紅のカマキリが、オレたちを獲物だと判断したのか、耳をつんざくほどの奇声をあげた。


 オレは腰のアイテム袋(中)に腕ごと突っ込んで、唯一収納されてある台車を別空間から取り出した。

 石畳の上で、小さな車輪ががしゃんと音を立てる。


 ユニークスキル解放。


「【絶刀・縮】」


 台車の上に飛び乗り、左手で刀の鞘を掴み、右手で刀の柄を握った。


 一撃必殺の【絶刀】の構えだ。


「おい誰か、台車を押してくれ」


 真紅のカマキリを睨みつけたままオレは言った。


「誰が?」

「あたしぃ? ムリムリ。ネイルしてるし」

「……拙者、でござるね」


 カメムシが後ろから押しているのか、オレを乗せた台車がガタガタと進み出す。


「じゃあ、ぱぱっと倒してぱぱっと帰りますか。【ウィンドカッター】」


 綺羅子が振った魔法の杖の先から、疾風の刃が放たれる。キラーマンティスの六本ある脚のうち、右前の鎌脚が切断されてくるくると後方へ弾け飛んだ。


 緑の血を噴き出して、大きく仰け反るキラーマンティス。


「ナイス、盆栽川。俺が足止めする。【ハンマーストライク】」


 鎌を失ったリーチを神田が見逃すはずもない。

 キラーマンティスの懐へ右から侵入し、握り返したバトルハンマーを虫の顎へと打ち上げた。


「ドンピシャ~!」


 キラーマンティスが一瞬宙に浮き、それから腹を石畳に打ちつけ、崩れるようにノックダウンする。


「ここまでお膳立てしたんだドラゴン。美味しいところは全部持っていけ」


 完璧だ。

 知らず知らずのうちにオレの頬が吊り上がる。


 さあ、お見舞いしてやろう。

 オレの一撃必殺の抜刀術を――


「……おいカメムシ、遅ェぞ。そんなに揺らすな、落ちるだろ」

「仕方ないでござる。拙者は【運搬】スキルがないでござるから」


 台車の軋む音に混じって、後方からくぐもった声が聞こえる。


「ちょっと遅いんですけどォ!」

「キラーマンティスが起き上がったぞ。俺のアシストの意味が」


 綺羅子と神田が責める。

 そんなのオレが知るかよ。

 言いたいことがあるならカメムシに言え。


「あっ! 御免でござる!」

「くっ……」


 あろうことかカメムシは台車をひっくり返した。

 オレはそのまま真横に投げ出され、なんとか左腕で受け身を取るが、【絶刀】の溜め効果はこれで台無しになってしまった。


 仕切り直しだ。


 オレはもはや怒りを通り越して、半ば呆れ果てていた。


「何やってんだよカメムシ。ゴキブリですらできてたぞ、こんな簡単なこと」

「この亀裂のなか、罠を避けて走らせることが簡単なものか。桐斗殿がどれほど凄かったか、今身に沁みてわかったでござる……!」


 ああ?


「アイツが凄い……?」


 これ以上オレをイラつかせるな。

 マジでぶっ殺すぞ。


「ちょっとドラゴン、すこしは役に立てし」

「ダメだ使えねえ。俺たちでやるぞ、盆栽川」

「なんだと……!」


 オレは目を剥いて綺羅子と神田を見つめる。


 ありえねェ……! そんな目でオレを見るな……!


 オレが床に這いつくばってそんな目で見られるなんて、そんな不条理なことがあっていいはずがない。オレは学園最強の探索者なんだ。その目で敗者を見下すのはオレのほうなんだよ!


「転んだお詫びでござる」


 カメムシが静かにそう言うと、両手を後ろに流して忍者走りを始める。


「拙者がやるでござるよ」


 またあのスキルだ。


 蛇のように迸る紅電が、疾走するカメムシにまとわりつく。キラーマンティスの懐に入るがそれは誘いの一手、左の鎌を振り落とされても、すでにそこにカメムシはいない。


 攻撃後の硬直で動けないキラーマンティスが、顔だけ左に向けて無機質な瞳に焦燥の色を浮かべる。その瞳に映っているのは、逃げられぬ距離で手印を結ぶカメムシの姿だった。


「忍法・火雷ほのいかずち


 紅い稲妻がキラーマンティスを貫き、地獄の業火のように燃え上がらせた。


『ギィィィィィィィィィィッ!』


 高質量の炎の塊の中で、カマキリの黒い影が地に伏する。

 部屋に伝わる地響き。

 黒々とした煙と共に、ここまで虫の焦げるにおいが漂ってくる。


「やるな」

「ちょっとカメムシ、それチートじゃない?」

「えへへ、でござる」


 神田と綺羅子の称賛の声に、カメムシが照れたように頭を掻いた。


「クソクソクソ……なんでこんなに上手くいかねェんだ……!」


 オレは地べたに這いつくばって唸り猛る。

 石畳に立てた爪が、怒りのあまり白く湾曲する。


「ドラゴン、早く胆嚢の宝石を剥ぎ取ってくれ。純度が下がるぞ」

「あ? なんでオレが?」


 一瞬、神田が何を言ってるのかわからなかった。


「だってお前、何もしてないだろ?」


 脳髄をぶん殴られたような衝撃が走った。


「早くしないと純度が下がる。今回の探索の目的を果たしてくれ」

「チッ」


 今回の目的はキラーマンティスの内蔵にある消化石――【紅蟷螂あかかまきりの宝玉】だった。


 モンスターが倒れてから光の粒子としてダンジョンに吸収されるまで、だいたい10分から20分。狙った素材を剥ぎ取るのは、この短時間で迅速に行わなければならない。


「クソ……なんで俺がこんなこと……。臭ェ……!」


 オレはカマキリの焼死体にしゃがみ込んで、剥ぎ取りナイフで炭化した腹を掻っ捌いた。【剥ぎ取り】スキルの習得は必須であるものの、実際にやるのは久々すぎて思ったように上手くいかない。 


「ああもう、なんでこんなに手間取るんだよ。アイツは簡単にやってただろ」


 アイツにできて、なんでオレにできねェんだ。

 服の袖までベトベトに汚れ、オレは心底気分が悪くなった。


「熱いし、臭ェし、最悪だな」


 オレはやっとのことで紅い宝石を取り出した。

 時間がかかりすぎたせいで、結晶の中が少しくすんでしまっている。


「……やはり支援職は必要ござる」

「あ? なんか言ったかカメムシ」


 オレがぎろりとカメムシを睨んでいると、神田が横合いから宝石を覗き込んできた。


「死後から時間が経ちすぎた。こりゃ純度がだいぶ落ちてるな。駄目だこんなんじゃ、もうこれは使い物にならない。ゴキブリがいたら――」


 額の血管がはち切れそうな感覚がオレを襲った。


「お前らウッセェなさっきからゴキブリゴキブリってよォ! あんなゴミクズがいなくてもお前らがサポートスキルを習得しとけばよかっただけの話だろうが!」


 オレは蟷螂の宝石を地面に叩きつけた。

 宝石は部屋の隅のほうへ飛んでいき、からんからんと虚しく音を立てる。


「今の時代は役割分担が探索パーティーの基本でござる。支援職がいない事自体、このパーティーの欠陥。その忠告を無視して探索を決行したのは雷轟殿、貴殿でござるよ」

「うるせえなクソがァ! オレに指図すんじゃねェ!」


 オレはこいつらの顔も見たくなかった。

 一人で通路に向かって歩き、ぷらぷらと乱雑に手を振った。


「今日は解散だ解散。お前ら勝手に帰れ」


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