第22話 一方その頃ドラゴンが困っている件①



 ♠ ◆ ドラゴン視点 ♣ ♥



 石造りのダンジョンの中で、雑魚モンスターの群れに囲まれた。


「クソまたか……一体どうなってやがる……」


 オレのこめかみの奥がずきずきと傷んだ。

 自分でもかなり苛立っているのがわかる。

 だからと言って、この感情を抑えることもできなかった。


 このダンジョンに潜ってからというものの、探索活動が何一つとして上手くいっていない。パーティーメンバーとの連携も機能しづらい印象だ。


 何が原因かわからないのが一番苛立つ。

 いつも通りにやっているはずなのだが……。


 たかがBランクのダンジョンだろ。

 なんでこんなに時間を食ってる。

 普段なら4階層で足止めを食らうことなんてなかったはずだ。


「行くとこ行くとこモンスターいるんですけどぉ?」


 綺羅子がめんどくさそうに呟いた。


 オレたち竜のアギトを囲んでいるモンスターは、木の棍棒を手にしたグリーンオークだった。

 緑の毛をびっしりと生やした、豚の鼻を有するパワータイプの魔物。

 単体ではそれほど脅威ではないのだが、今日に限って群れとよく鉢合わせてしまう。


 クソ……運が悪すぎる……。


 俺たちはグリーンオークの群れを個人技だけで倒した。

 そこに連携も糞もなかった。


「うーん、キリがないな」


 モンスターの亡骸を見下ろして、神田のやつがあからさまに息をついた。

 匙を投げたい気分なのはオレも同じだ。


「最適ルートがわからねェと効率が悪すぎる。誰か【索敵】スキル使えねェのか?」


 下の階層に繋がるゲートまで、なるべく敵を避けて通るのが探索の常識だ。

 そのフロアに用がない限りは。


「広範囲の【索敵】スキルが使えていたのは桐斗殿だけでござるね」


 パーティーに戻ってきたばかりのカメムシもこの状況にうんざりしたように言う。


「ちっ、アイツか……」


 オレの頭にヒョロガリの姿が浮かぶ。

 アイツがいなくたって、どうってことねェよバカ。


 今ごろアイツは底辺配信で泣きを見てるに違いない。

 助けて~、増えない~、ってな。

 そのときのアイツの顔を想像すると、オレの胸のうちが晴れやかになってきた。


 ……クソ。アイツがいりゃ今頃ぶん殴って遊んでたのによ。


「アイテムの消費が激しすぎる。一旦戻るか?」


 神田がちらりと視線を寄こす。


「ここまで来たのに今さら戻れるかよ」


 その提案を即座に取り下げる。

 ダンジョンは共通して10階層まであるが、今回の目的はなにも最深層ではない。

 次の5階層だ。

 あと1階ってところで地上に戻るなんて、今までの労力が無駄になるだけだ。


「だから言ったでござる。今のパーティーではバランスが悪くて、Bランクダンジョンは骨が折れると。消費アイテムも、【収納】スキルの使える荷物持ちポーターがいたからこれまで何も考えずに使えていたでござる」


 ウザってェ。

 またゴキブリかよ。

 脱退してもオレの頭にチラつきやがって。


「ゲート見つけたー!」


 部屋の出口から戻ってきた綺羅子が、今しがた確認してきた場所を指をさした。


「ようやくか……」


 オレたちはゲートを通り抜けた。


 ゲートを抜けても、石造りの迷宮の景色が、新たな石造りの景色に変わっただけだった。

 ダンジョンとはそういうものだ。

 仕方ないとはいえ、うんざりする。


「もう疲れたぁ。Bランクってこんなに大変だったっけ?」


 音を上げた綺羅子が石の台座に腰を下ろした。


「今まではモンスター避けの【魔香水】を使っていたでござるね」

「じゃあそれをさっさと使えばいいじゃねェか」


 オレはカメムシを睨んだ。

 面倒事に巻き込まれているのに、なにを出し惜しみしてるんだコイツは。


「その【調合】スキルを使える者がこのパーティーにはいないでござる」

「は? じゃあ今まで誰が――」


 そこまで言いかけて、オレは口を噤んだ。


「…………」


 オレの怒りが限界に達しそうだった。

 もうこれ以上アイツのことを思い浮かべたくない。


「でもまあ大変は大変でござるが、我々ならパワープレイでゴリ押しできるでござるよ。モンスターも数が多いだけで倒せなくはない。ほら、もうすこし頑張るでござる。拙者も、日付が変わる前には帰りたいでござるよ」

「えー、疲れた~。シャワー浴びたい」


 駄々をこねる綺羅子を、カメムシが引っ張り上げる。


「止まっていても時間が経つだけだ。進むぞ――うあっ!?」


 神田の焦った声。

 石畳の亀裂を避けて一歩踏み出したとき、何が起こったのか、神田が一気に上方へ弾け飛んだ。


「キャッ!?」


 続けて、綺羅子の悲鳴。


「クソ、罠か!」


 オレはあたりを見渡して警戒する。


「なにこれぇ、蜘蛛の糸ぉ? 最低、ネバネバするんですけど。ウケる」

「ウケてる場合か」


 蜘蛛の巣の罠で宙吊りにされた神田が、同じように宙吊りにされている綺羅子を叱責する。


「桐斗殿の【罠探知】があれば……」


 カメムシがごにょごにょと何か言っている。


「ドラゴン、カメムシ、どっちでもいい、糸を切ってくれ」


 神田が頭上から声を振りかけてくるが、


「ちょっと待って蜘蛛! 蜘蛛! 蜘蛛のモンスターうじゃうじゃ来てるってば!」


 それも綺羅子の声で掻き消された。


 壁の亀裂、床の亀裂から、大量の蜘蛛のモンスターが現れる。体は30センチと小柄だが、群れで来ると厄介なポイズンスパイダーだった。


「はあ、仕方ないでござる」


 カメムシは首を振り、そして駆け出した。

 足場の悪い石畳でも軽快に駆け抜け、石の台座に片手をついてひょいと宙返りする。

 中空で頭を真っ逆さまにしたカメムシは、すでに両手で印を結び、片目を閉じて照準を合わせていた。


「忍法・火雷ほのいかずち


 次の瞬間、迷宮内に紅い稲妻が迸った。

 ポイズンスパイダーの群れはまとめて一気に燃え上がり、神田と綺羅子を雁字搦めにしていた蜘蛛の糸も焼き切れる。


「た、助かったぁ~! カメムシ、まーじ感謝」

「カメムシお前そのスキル……」


 忍法だ何だと言っているが、間違いない。

 ユニークスキルだ。

 京都の巫女探索者が授かったと言われるユニークスキル【火雷ひらい】。その巫女が死んで10年経つが、当時の神様は現在カメムシに推し変してるらしい。


「蜘蛛に揉みくちゃにされるとこだったし。想像するとマジ寒イボぉ~!!」

「カメムシ、サンキュー。助かった」

「よいでござるよ。慎重に進んでいくでござる」


 綺羅子と神田の謝辞を、カメムシははにかみながら受ける。


「ああ、そうだな。油断禁物だ」


 神田がそう言って表情を引き締めたとき、


『ジギジギ……』


 奇妙な音が通路の奥から聞こえてきた。

 意図せずとも、オレたちの視線が部屋の入口へ集中する。


 暗闇に紛れて、紅い体が見えた。

 次に、節くれだった腹。

 石畳の上で息絶える蜘蛛の焼死体が、紅い虫の足によって踏み潰された。


「ついにお出ましだ、キラーマンティス。お前ら気ィ引き締めろ」


 見上げるほど巨大な、真紅のカマキリだった。

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