第20話 視聴者さんが増えて賑やかな件


「登録者2万5000人……!」


 心臓が高鳴るレベルで増えていた。

 とんでもない伸び率で指が震えてしまう。


“1日で2万4000伸ばしたの普通にすごすぎるだろ”

“さすが俺たちだよな。トップレベルの企画力!”


〈【鳥籠の卵】があなたの成果を称賛しています〉

〈【鳥籠の卵】があなたに10KPを送りました〉


「お」


 ようやく神様も俺を認めてくれたか?

 仲直り、仲直り。


“ででん! 8月30日!”

“もう48時間切っちまった”

“このペースじゃ確実に間に合わない”

“拡散はしてるんだけどなぁー”


 しかし俺たちにはきっつい締め切り時間がある。

 じっくり成果を噛み締めたいところだが、素直に喜んでいる暇はなかった。


“『メントススライム』は登録率どのくらい?”


「15万再生で1万8000人くらいだ」


“登録率もめちゃくちゃいいんだけどな”

“メントススライムを越える歴史的な大バズリが必要か”

“あれ以上は無理すぎる”


 それは間違いないと俺も同意する。


“バズなんて狙って起こせるようなもんじゃねえしな”

“こればっかりは運の要素もあるからな”

“くっ……俺たちの企画力もここまでか……”

“悪いなゴキブリ、ここまでのようだ”

“冷静に考えるとやっぱ無理ゲーだわな”

“むしろよく健闘したよ”

“せめてもう少し時間があれば……”


 敗戦ムードのコメントに、俺の表情は曇っていく。


 心の底から時間がほしかった。


 メントススライムもあと1週間あれば100万再生に到達して、それが他の動画に波及することでチャンネルが伸びていくはずだった。ひとつ大きなバズ動画が生まれると、一気にチャンネルが化けるとはよく言われていることだ。


 あともう一つ。

 あともう一つだけバズを生み出すことができれば――

 2日連続のバズは常識を覆す破壊力があるはずだ。


“おいゴキブリ! お前ら! このニュース見ろ!”

“!?”

“!?”


 突然、配信動画のコメントが慌ただしくなった。

 コメント欄に謎のリンクが貼りつけられる。


“渋谷の道玄坂に新しいダンジョンが出現したらしい”

“なんだと!?”

“マ?”


 俺はさっそくリンクをクリックする。


 ネットニュースの見出し記事で、速報性を重視したためか、記載してある内容は明らかに薄かった。しかし、このダンジョンはレアダンジョンであることがありありと伝わってきた。それを1秒でも早く伝えるための速報性。


 俺の目に飛び込んできたその単語は〝特定種ダンジョン〟。


“速報によるとそのダンジョン、出現モンスターは一種類だけ”

“特定種ダンジョンか”

“激レアだな”


『西多摩ダンジョン』はゴーレムが頻出するものの、ゴーレム一種類というわけではない。どちらかというと属性ダンジョンに分類されて、土属性モンスターが多く出現するダンジョンだ。モノスライムが群生する『高崎ダンジョン』も、他の種類のモンスターも多く出現する一般ダンジョン。


 たった一種類というのは、本当にレア中のレアだ。


“で、一体何が出るんだってばよ”

“いや、モンスターですらない”

“!?”

“!?”

“速報見てきた。そのダンジョン、大量のゴキブリが出るらしい”

“ふぁwww”

“マジかよww”


 俺もネットニュースで『大量のゴキブリ』という文字を確認した。

 我が目を疑った。


“発見者いわく、ゴキブリの数、万単位”

“やめてくれw”

“きもすぎw”

“鳥肌立ったわ”

“史上最悪のダンジョン誕生ww”

“まさに……お前のために生まれてきたようなダンジョンだな”

“しかもこのタイミングでかよ”

“これは神の思し召しか……”


 俺は背中にどっと嫌な汗をかいた。

 おいおい。

 この流れ……俺に行かせようとしてないか?


“おいゴキブリ行ってこい、これはチャンスだぞ!”


 マジかよ……。


“流れが完全に俺たちに来たああああああああ!”

“行け、行っちまえ”

“我々はこの時を待っていた”

“俺たちのゴキブリ、噂のゴキブリダンジョンに潜る”


「ふぅ……。さて、と」


 俺は四畳半の畳部屋で立ち上がり、ぼりぼりとズボンの上から尻を掻く。


「ゴキブリダンジョン、攻略しますかね」


“wwwww”

“めちゃくちゃ乗り気で草”

“大草原不可避”

“信じてたぜゴキブリィ!”

“つかめこのビッグウェーブ”

“確実に注目を浴びるぞ”

“カモン、俺たちの時代”

“キモすぎて報道陣すらダンジョンに入れないらしいww”

“最初にクリアするのは誰だ。ゴキブリ、てめえだ!”

“注目を浴びるのは確かだが、まだ弱い。バズるにはもう一つアクセントがほしい。ミスリルゴーレムを斬るような、誰もがやらないことを……”


「誰もがやらないことか……」


 ――億単位で再生されるものは……。


「なるほど、そういうことか!」


 俺の中で一瞬の閃きが冴え渡った。


“お?”

“何か思いついたか?”

“嫌な予感がする……”


「お前ら、今から道玄坂に行くぞ」


“ふぁ!?”

“行動が早いw”

“一体何をするんだってばよ”


 俺は肩越しに振り返って妖精カメラを見た。


「決まってるだろ。作りにいくんだよ、伝説を」


“顔がウゼェw”

“失敗しろww”


〈【全裸聖母】があなたのこれから起こす行動に興味を抱いています〉

〈【全裸聖母】があなたに10KPを送りました〉


 全裸聖母さん、初ポイントありがとうございまァァす!


 俺は奇声をあげながらボロアパートを飛び出した。

 謎のバッグを肩にかけて。


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