第18話 モーニングルーティン撮った件



 8月29日、午前5時。もうお日様は昇っている。


「よしお前ら、準備はいいか?」


“おうよ”

“待ってた”

“同接12。有志諸君よろしく”


「俺のモーニングルーティンを撮るからいい感じに編集してくれ」


 ぼさぼさの寝癖を掻きながら俺は言った。


“なんで偉そうなんだよw”

“編集もしてくれるとか視聴者に恵まれすぎだろ”

“時間がないから今回だけな”

“とにかく企画は数が大事だ”

“妖精カメラに画角の学習させたか?”

“ルーティン動画はカメラアングルが重要”


 もちろん昨日の晩に画角の学習は済ませておいた。

 参考までに、100万回再生の『OLのモーニングルーティン』も片っ端から見ておいた。これ以上ないくらい、準備は万端だ。俺も100万回バズる。


「まず朝起きたら歯を磨きます。お金がないので歯磨き粉は使いません」


“ちょっと待てww”

“いきなり辛いww”


「ついでに洗面所で朝ごはんを食べます」


“なぜ洗面所で食う?”

“おいまさか朝ごはんって……”


「あー、水道水うまいなぁ!」


 俺は蛇口を捻って水を啜った。視聴者さんに満面の笑みを見せる。


“草”

“貧困すぎるww”

“蛇口で鉄分も取れるってか”

“全米が泣いた”


「次にカーテンを開けて、陽の光を浴びながらヨガをします」


“なんで平然と嘘つくのww”

“ぜってぇ毎日してねぇだろ!”

“急に見栄を張りやがったぞコイツ”


「あ、マジか。じゃあこれはカットで。OLみんなしてたんだけどなぁ」


“OLを参考にするなw”

“そこはダンジョン系のルーティン動画をパクるんだよw”

“ダ メ だ コ イ ツ”

“とりあえずお前は貧困と探索を押し出してけ。そのほうがリアル”


 そうなのか。勉強になるな。


「朝食を取り終わったら貯金残高を見ます。で、落ち込みます」


 ちゃぶ台でがっくりと肩を落とす俺。


“それはリアルww”

“そうそう、それでいいんだよゴキブリ”


「でもこの残高が俺のモチベです。絶対稼いでやると朝に決意するんです」


“なんか泣けてきたわ”

“絶対成功しろよなゴキブリ”


「あ、お兄ちゃん! おはよう!」


“!?”

“!?”

“!?”


 唐突な声に、コメント欄が思考停止した。


「ああ、姫花、おはよう。よく眠れたか?」

「うんっ! ぐーっすり!」


 寝起きから愛嬌たっぷりの姫花を見て、俺は今日もがんばろうという気持ちになる。


“おい待てゴキブリ……”

“お前の妹めちゃくちゃ可愛くないか?”

“やっばっっ!!”

“アイドル顔だな。系統は椿山遥妃っぽい”

“俺に妹くれゴキブリィィ!”

“あれ……リアルの妹はクソだって爺ちゃん言ってたのに……”

“この妹だったら俺も死ぬ気で金稼ぐわ”

“コメント欄が加速しだしたww12人しかいないのにww”


「あー、すまん。妹にはモザイク入れてくれるか?」


 俺は画面の向こうにいる編集者に向かってひらひらと手を振った。


「お兄ちゃん……? 誰と話してるの?」

「ああ、俺のファンだ。いま動画回してて、悪いな」

「えーっ!! ファン!? すっごーい!!」


 目を丸く膨らませた姫花が、大げさに驚いた。

 それから妖精カメラに向き直り、ぺこりと頭を下げる。


「ファンの皆さん、いつもお兄ちゃんがお世話になってます」


“礼儀正しいじゃねえかよ”

“くっそ。カワイイなおい”


「へー、配信ってこんな感じなんだ。この流れてる文字はなに?」


 妖精カメラに向かって、姫花が忙しなく眼球を動かしている。


「ファンのコメントだ」


“いえーい、妹ちゃん見てる~?”

“[¥3000]美味いもん食わせてやれ”

“よしよし、ちゃんと限定公開になってるな御部”

“さすがに家族の顔バレは抜けてる御部でもやらかさねぇか”

“妹が見てるからってみんなが『御部』呼びなの、あったかい”


 姫花が覗き込んだ瞬間、我先にと皆がこぞってコメントを書き始める。


「たくさんのコメントだね。お兄ちゃんのファンって何人いるの?」

「1億だ」


“おいww”

“流れるように言ったぞコイツww”

“不意打ち過ぎてコーヒー吹いたわ”

“これは訂正してあげたほうがいいのか?”


「もうお兄ちゃん、嘘だってバレバレだよ?」


 上目遣いで、姫花がたしなめてくる。


“とりあえず御部、妹を映すのはそれくらいにしとけ。限定公開って言ってもあまり俺たちを信用するな。切り抜かれたらあっという間に広がるぞ”

“良識人現る”


「そうか。そうだな」


 デジタルタトゥーっていうんだっけか?


「おい妖精、妹の顔は映すな」


 俺が指示すると、レンズが即座に下を向いた。


“さすが妖精カメラ、学習が早い”

“なぜだ。胴体しか映ってないのに可愛らしさが伝わってくる”

“たぶん動き自体がカワイイんだよな”


「じゃあ姫花、レッスンの支度しろ。朝ごはんと弁当つくるから」

「わかった!」


“おいゴキブリ……お前は朝ごはん食ってねぇってのに……”


「それ、妹には内緒な。心配かけたくないんだ」


“健気だな”

“了解”


 それから俺はモーニングルーティンの撮影に戻った。


「夏休みの間は妹のダンスレッスンがあるので、俺がこうして毎日お弁当を作ってます。そして妹を見送ったあと、俺は自分の準備をします。今日も素材集めにダンジョンへ潜ろうと思います。浅草あたりのダンジョンですかね」


 こんな感じでとりあえず一本目。




 ――――…………




 2時間後。


「おいふざけんな。俺のモーニングルーティン、200再生ってどういうことだ」


 俺は視聴者さんに喧嘩を売っていた。


“一般人のルーティンってそういうもんなんだよ、むしろいいくらいだバカ”

“美男美女とか芸能人とかがやるから伸びるんだよな、こういう企画は”

“投稿して1時間で200再生は成績いいぞ?”

“普通は1桁再生とかだからな?w”

“こいつ、人気パーティーにいたから感覚バグってるな”


「そうなのか?」


 ルーティン動画って、厳しい世界なんだな……。


“1時間で200再生ならそのうちオススメに載る”

“インプレッション10万くらいまで伸びるぞ、たぶん”

“つまりだ。陰キャおかっぱにしては好成績ってことだ”

“ゴキブリ、自分の胸に手を当てて聞いてみろ。お前はイケメンか?”


「くっ……だが有名人だ!」


 俺は竜のアギトのメンバーだぞ。


「ネットニュースに何度名前を書かれてきたと思ってるんだ」


“自分で言っちゃったww”

“リアル金魚のフンを見てしまった”

“有名になったのはお前の実力じゃないだろ。勘違いすんな!”

“現実を見ろ”

“誰もお前に興味ねェよwww”


 そこまで言う必要はないだろ。

 言葉の攻撃が重すぎて、俺の胸にずしーんと入った。


「お前ら……ごめん。助けて」


 俺は台所の隅っこで膝を抱えて半べそをかく。


“ったく、しょうがねぇな……”

“次だ次。次の企画いくぞ”

“今度は俺がいいサムネ作ってやるよ”


「お前ら……ごめん。いつもありがと」


“いいってことよ”

“ツンデレw”

“今回だけだぞ”


 妖精カメラの向こう側から無数の手が伸びてきた。

 それは毛深かったり、ひょろかったり、浅黒かったり、様々だが――

 そのどれもが俺の背中を押してくれた。


 俺は不思議とそんな感覚を味わっていた。



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