第17話 登録者10万人を目指して人生変える件



 ネットニュース。


『大注目パーティー・竜のアギト。ゴキブリ成長物語、起死回生なるか?』


〝5人組大物パーティー『竜のアギト』。そのリーダー・堂本雷轟――通称ドラゴンのライブ配信が物議をかもしている。


 同パーティーは7月10日、メンバーの一人・御部桐斗――通称ゴキブリのパーティー脱退を発表した。ゴキブリが上げた『和解動画』とドラゴンが上げた『謝罪動画』によると、パーティーメンバーと学校側の協議の末、ゴキブリの円満な脱退が決定されたという内容が話された。


 しかしどうやらそれは事実と異なっているらしいのである。

 ゴキブリは円満に脱退したわけではなかった。


 ゴキブリの今の主張は、パーティーに再加入したい、という一点に尽きる。ネット界隈ではゴキブリのいじめ騒動で世間を大きく賑わせていたが、その実態は自らをネタにすることでコンテンツを面白く仕立て上げていたのだった。ゴキブリは世間の意見に流されて、不本意ながら脱退せざるを得なかったのだという。その心の内をドラゴンの配信で暴露し、視聴者に意見を求めた。


 ここで問題が生じる。

 炎上芸で絶賛人気急上昇中のドラゴンが、面白いネタを見つけたとばかりに、ゴキブリに極悪難易度の試練を与えたのだ。それは、たったの3日で登録者を1000倍の10万人にしろというもの。炎上の嗅覚の優れたドラゴンは、この発言によりさらなる炎上を生み出した。


 しかしこれまでの炎上の仕方とは違っていた。


 ドラゴンの新企画には、賛成の意見も多数挙がっているのだ。

 もしゴキブリがこの試練を乗り越え、パーティーに再加入した暁には、竜のアギトは世代を代表するパーティーとして、伝説に残る可能性がある。今までのドラゴンらしからぬ、粋な試練だった。この頭の回転の早さが、ドラゴンがリーダーとしてトップを走り続ける所以なのかもしれない。


 ここのところ炎上続きで、好感度がだだ下がりだった同パーティー。人気頭のダンジョン配信者・亀田武蔵――通称カメムシまでもが自主脱退し、陰りが見えていた同パーティーだったが、今回の企画で起死回生となるか。


 筆者としては、ゴキブリが無事に試練をやり遂げ、パワーアップした竜のアギトを見てみたい。この結末がどう転ぶか、今後も目が離せない!〟




     *




 8月28日、午後8時。


「なあお前ら、ネットの記事見たか?」


 俺はボロボロの四畳半の部屋で、妖精カメラに向かって話しかける。


“見た見た”

“チャンネル登録したぞ。応援してる”

“今1500か。ちょっと伸びたが、残り9万8500……”

“道のりは遠いなゴキブリィ!”


 ドラゴンのライブ配信のあと、俺の登録者は一気に1000人も増えた。

 世間の注目を浴びるだけで、俺の今までの努力が消し飛ぶほど、呆気なく数字に現れた。努力なんかよりも立ち回り方のほうが重要なのだと思い知った。


 結局はどう動くか、それが大事だ。

 俺はこれまで以上に強く認識した。

 凡人の努力はクソほど役に立たないと。


“[¥1000]俺たちでドラゴンに一泡吹かせようぜ”


「え!? お!? は!?」


 唐突なコメントに俺は目が飛び出るかと思った。


“!?”

“どうしたどうした”

“急にパニックで草”


「初めてスパチャもらったんだが!?」


“かわいいww”

“[¥1000]ゴキブリに金落とすやつはバカww”

“[¥1000]ほんとそれな”

“[¥1000]道端に捨てたほうがマシだよな”

“[¥1000]仕方ねえな、ほらよ”


「待て待て待て。お前ら、金を稼ぐのがどんなに大変かわかってんのか?」


 思わず俺は、妖精カメラにキスしてしまうくらいの距離まで近づいた。


“近えww”

“お前に言われなくてもわかっとるわww”

“舐めてんのかゴキブリ”

“お前より20年長く生きてんだよこっちはよォ”

“オッサン登場ww”

“バカか根暗おかっぱ。お前にもできたってことだよ、ファンがな”


「ファ……ン……?」


 呼吸が止まった。目の奥が、じんと熱くなった。


“なに泣きそうになってんだよw”

“素直なんだよなぁ案外”


 だって仕方ないだろ。

 俺にファンができるなんて思ってもみなかったんだ。


“お前には俺たちがついてるぜ”

“陰キャの星ゴキブリ、空に輝け”

“ゴキブリ星、きったねえ星だな”

“だが俺たちの希望だ”

“逆転してやろうぜゴキブリィ!”


「逆転……」


 そうだ。

 現実として、壁はでかい。

 残り9万8500……。

 普通に考えて無理じゃね?


「どうすれば登録者増えると思う? お前ら企画考えてくれ」


 あぐらをかいた俺は、後ろに手をついて休む。


“お前が考えろww”

“急に偉そうだな”

“金返せ”

“登録解除しまーす”

“そういうとこだぞゴキブリィ!”

“でもこいつセンスないから駄目。俺たちで考えてやんねーと”

“我々集合知に頼るのは正解。時間がないならなおさらだ”

“まったく手のかかるゴキブリだぜ”

“コラボできそうなDチューバーっている?”


「いるわけねえだろ、ド陰キャ童貞だぞ」


“なに怒ってんだよww”

“童貞は関係ないだろ”

“カメムシは?”


 亀田に頼ろうにも、亀田は例のキラーコンテンツで走り回っている。

 今はきっと邪魔しないほうがいい。


“とりあえずきらぽよと神田に声かけてみろよ”

“きらぽよはアホだからともかく、神田はコラボしてくんねーだろうな”

“いやいや、ドラゴン側はゴキブリに試練を与える立場だから協力しないだろ。そもそもこれは『ゴキブリ成長企画』だぞ。ゴキブリが何倍にも強くなって帰ってくるから神企画だって言われてんだ”

“そうなんだよなぁ”

“椿山遥妃は? 西多摩でゲリラコラボしたじゃねぇか”


「椿山? 人気アイドルが底辺Dチューバーとコラボするか普通?」


 普通に考えて、俺みたいな底辺とコラボしても時間の無駄だと思う。


“ダメ元でも”

“とりあえず事務所にメール送っといたわ”

“勝手に何してんだww”

“どうせ未読削除”

“ゴキブリのリスナー、頭と行動力がバグってる”

“迷惑系は趣旨と反するぞ。成長企画だからな一応”

“ゴキブリの妹は? 妹出しとけ”


「あー、妹はパスで。俺のチャンネル知らないんだ。炎上のことも」


“あっ(察し)”

“すまん”

“まあ見せられないよな、兄貴のいじめなんて”

“しかもそれが大人気コンテンツだったっていう”


 できることなら、このまま何も知らず平穏に暮らしてほしい。

 姫花には、できるだけダンスに集中できる環境を作ってあげたいんだ。


“あれって台本あったの?”


「台本はないよ。あのいじめはリアル。俺もどうすればいじめが映えるか、いろいろ工夫してたな。悔しそうな表情の作り方とか、聞き心地のいいうめき声の出し方とか。あと土下座の表現の幅なら、誰にも負けない」


“どんな工夫だよww”

“かつてこれほどまでにイジメのモチベが高いやつがいただろうか?w”

“俺の知ってるいじめと違う”

“いじめガチ勢で草”

“ドヤ顔がムカつくw”

“パーティーで生き残って金を稼ぐために必死だったんだな”

“職業:プロのいじめられっ子”

“お前ら騙されるな、本来いじめはネガティブなものでポジティブじゃないぞ”

“でもこれだけ話題だとバレそうなもんだけどな”


「貧乏だからテレビもスマホもないんだ。だから今のところは大丈夫」


“あっ(察し)”

“すまん”

“くっそwwゴキブリは地雷が多すぎるww”


 高校生になったらさすがにスマホは買ってあげたいけどな。

 姫花もほしいとは言っているが、おねだりされたのは一度だけだった。

 あいつは俺や姉貴に気を遣って、あまりわがままを言わないんだよな。


“とりあえず明日は片っ端から企画撮ってくぞ。お前ら案だしてけ”


「助かる」


“億単位で再生されるものは音楽系かな?”

“みんな繰り返し見るし、確かにキャッチーだが、ゴキブリ歌えるのか?”

“音楽系は確かにバズりやすいが……”


「俺、歌えないぞ?」


“わかっとるわww”

“期待してねぇよ引っ込んでろ”

“負ける戦はしない主義でね”


 俺は右手を喉に当て、左手を大きく広げる。


「まァ~まァ~まァ~~♪ 裏声は案外綺麗なんだけど、ちょっと恥ずかしいな……」


“だから歌わせねえってww”

“なに喉の調子を確認してんだよ”

“口を閉じてろ、永遠にな”


 辛辣。


 こうして俺をプロデュースする案が練られていく――。


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