第16話 よくわからん卵と全裸の女しかいない件


 ――8月27日。新学期まで残り4日。


「桐斗殿を手伝う代わりに、拙者に協力してほしいでござる」

「協力?」


 亀田を電話で呼び出し、公園で頭を下げたあと。

 俺は逆に、亀田から協力を仰がれていた。


「拙者が竜のアギトに加入した理由は、陰の任務を遂行するためでござる」

「何だそりゃ」


 俺は一瞬混乱したが、状況が状況だけに、亀田が冗談を言っているようにも思えなかった。俺は口を噤んで、亀田の続きを待った。


「桐斗殿が竜のアギトに加入する前に、実はもう一人メンバーがいたことは知ってるでござるか?」

「ああ、1年のときだよな。転校したんだっけか?」


 俺はゆっくりとだが、2年前のことを思い返す。

 竜のアギトはもともと4人パーティーだった。

 ドラゴン、神田、きらぽよ、そいつ。

 1年のときから目立ったパーティーだったのはよく覚えている。


 そいつはなかなか有能な支援職だったらしいが、2年生に上がると知らぬ間に学校から姿を消していた。一時期学内で騒然としたが、親の都合で転校したとだけ風の噂で聞いた。


「退学させられた、が正しいでござる」

「は?」


 俺は背筋に言い知れぬ寒気が走った。

 まるでそれは――


「もう動画は削除されてるゆえ今や真実は闇の中。しかし、かつてのメンバーは桐斗殿と同様、酷い扱いを受けていたようでござるよ。転校というのも方便で、今は自然豊かな港町で療養してるらしいでござる」


 まるでそれは、今の俺と同じ境遇なんじゃないか?


「マジかよ、それ。とてつもない爆弾だぞ。初耳なんだが」

「それはそうでござる。理事長と国会議員の力で揉み消されたでござるよ。裏を辿れば、警察も関与していそうな気配も感じる」

「……前科ありなのか」


 次は俺の番なのかもしれない。

 そう思うと俺は居ても立っても居られないほど浮足立った。


「拙者はね、桐斗殿。スパイなのでござるよ」


 淡々と告げられる亀田の言葉に、俺は腹を一発ずつ殴られているような感覚に陥った。


「世を忍ぶ者として竜のアギトへ潜入し、闇に葬り去られた真実を白日のもとに暴き出す。これが拙者の忍道……でござる。忍法・隠密」

「おわ、亀田が消えた!?」


 俺は慌ててあたりを見渡した。

 錆びついたブランコ、空き缶の置かれたベンチ、蝉のうるさい桜の木。

 どこを見渡しても亀田の姿が見当たらなかった。


「忍法・陽炎」

「亀田が二人!?」


 今度は突然、俺の両脇に亀田が現れた。

 それも二人だ。

 亀田が二人いる。

 双子と表するには不気味なほど姿形が同じだった。


「てか、それユニークスキルだよな!? しかも二つかよ!?」


 俺はつい声を荒げてしまう。

 俺にはそれしか思いつかなかった。


「登録者120万人いるチャンネルは世を忍ぶ仮のアカウント。拙者の真のアカウントは登録者数2万、その内訳――神様2万柱」

「は!? 2万!?」


 八百万の神々のうち2万が亀田を推してるってのか!?


「俺にはよくわからん卵と全裸の女しかついてないってのに……!」


〈【鳥籠の卵】があなたの発言に憤っています〉

〈【全裸聖母】があなたの発言に憤っています〉


「拙者の作るコンテンツは〝天誅〟。それが神々にウケたでござる」


 ウケたとは言っても、2万は規模が違いすぎる。


「従って、拙者が授かったユニークスキルは二つや三つではござらんよ」

「もしかして神様限定チャンネルか?」


 俺がミスリルゴーレムを【受け流し】ていたときと同じ公開設定だ。


「さようでござる。忍者は表舞台には立たぬゆえ」


 いやいや、縛りプレイが過ぎるだろ。

 コメント欄の人間のリアクションも、神々にとっては一種のエンタメだ。そのコメント機能を廃してまで、忍びに徹するとは……こいつのロールプレイはガチにもほどがある。


「そしてお察しの通り、現在のターゲットは堂本雷轟――」


 亀田が底冷えする眼差しを向けてきた。


「あのドラゴンでござる」

「……!!」


 俺の全身にびっしりと鳥肌が立つ。


「今現在、拙者のキラーコンテンツが進行中でござる」


 亀田は俺を射抜き続ける。


「タイトルは『権力に溺れた下衆を社会の上で抹殺するの巻』。神々が熱狂し、続きを渇望しておられる。従って、更新頻度を上げたい所存」


 俺は喉がつっかえたように言葉を発せなくなった。


「桐斗殿、拙者の言うことを何でも聞くと言ったでござるな?」


 俺の意識が、亀田の瞳に吸い寄せられていく。


「ならば拙者とともに――竜を殺さぬか?」


 降り注ぐひぐらしの鳴き声に紛れて、俺の唾を飲み込む音が体内で響いた。

 

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