第15話 追放されたパーティーに再加入したい件 ②


「聞いたか、アンチ共。これがゴキブリの本音だ。バァァカッ!!」


“キタキタキタw”

“ドラゴン節炸裂w”

“アンチ息してる?”


「ゴキブリがオレのパーティーに戻りたいのは、すべて金、金、金!! オレたちに貢献したいなどと嘯いて、金稼ぎのために寄生してる卑しいクズなんだよコイツはよォ!! お前らのことも金を運ぶカモにしか思ってねェぜ絶対!!」


“早口すぎww”

“ゴキブリの隣だと活き活きしてて草”

“ドラゴンってマジでクソだわ”

“弱い者いじめして楽しいか?”

“アンチ真っ赤っ赤w”

“効いてる効いてるww”


「おいゴキブリィ、お前はなんでそこまで金がほしいんだァ? バカなアンチ共でもしっかり理解できるよう、両親が逃げたところからちゃんと説明してやれ。あと姉ちゃんが体売って稼いでることもなァ……!」

「……!」


 俺は奥歯を割れんばかりに噛み締めた。

 また身も蓋もない悪口を……!


“両親が逃げたところからww”

“誘導が完璧っすねドラゴンパイセン”

“急上昇に載ってる!”

“同接100万wwまた祭ですかww”

“策士だわこれ全部ドラゴンの手の上だぞ”

“踊らされるアンチざまぁ!”

“アンチが騒げば騒ぐほどドラゴンが神様に発見されるって寸法か”

“この配信見て推してくる神様とか極悪すぎるだろw”

“でも悪名高い神様のほうがユニークスキル強かったりするよな”


〈【鳥籠の卵】がコメント欄に憤慨しています〉

〈【全裸聖母】があなたの行動を静観しています〉


「どうしたゴキブリ。早く視聴者サマに教えて差し上げろ」


 一番触れられたくないことを言わないといけないのか。


“御部、もういい。言わなくていい”

“これ以上は心が痛むぞ”

“さすがに見てられないわ”


「俺の両親は――」

「まあまあ、もういいではござらんか」


“カメムシ?”

“ござるかわいいよござる”


「これでいじりネタが桐斗殿の同意のもとで行われていると証明されたのだし、もう一度パーティーに戻して面白いコンテンツを作るでござるよ?」


 こいつ、俺をかばった?


「オレにメリットがねェな」


 ドラゴンがねちっこい声を出す。

 俺の直感が、勝負どころはここだと告げていた。

 畳みかけるならここだ。

 こういうチャンスを見逃してこなかったからこそ、俺は1年以上も竜のアギトに寄生できていた。目ぼしいチャンスは根こそぎ吸い取らせていただく。


「また俺がパーティーに加わったら、荷物持ちポーターとして貢献できると思う。それに、いじられキャラとして需要があるはずだ。俺とドラゴンの掛け合いを楽しみしてる視聴者の声も多く届いてる」


 俺のチャンネルにも、ドラゴンのチャンネルにも、俺たちの共演を望む声が多く書き込まれていた。これはドラゴンにとっても利益を生むカードとなる。


「バカかよ、ゴキブリ。お前が抜けてからオレの登録者は4倍になったんだぜ? お前がいなくたってオレは良質なコンテンツが作れるんだよ」


 それを言われると何も言い返せない。

 確かにここ最近のドラゴンの伸び方は異常だった。きっとドラゴンの頭脳があれば、俺なしでもさらに伸ばすこともできるのだろう。ドラゴンにとって俺の有用性はその程度にすぎないってことだ。


 だが、このまま終わるわけには――


「拙者も戻るでござるよ」


 突然横から、亀田が声を発した。

 いつもの可愛らしい言い方ではなく、言葉の端々に重みがあった。


“お?”

“まじー?”

“神展開くる?”


「炎上が飛び火するのが嫌で拙者もパーティーを抜けさせてもらったでござるが、桐斗殿が戻るのであれば拙者もパーティーにぜひ戻りたい」


 俺は亀田がパーティーを抜けていたこと自体初耳だった。

 打ち合わせのときですら、そんなこと一言も言っていなかった。

 こいつが何を考えているのかまるでわからない。


“ドラゴンこの話に乗っとけ”

“カメムシがいれば海外勢が雪崩れ込んでくるぞ”

“幅広く神様も集客できるかもな”

“カメムシがパーティーにいるってだけで視聴維持率上がるぞ”


 俺になくて亀田にはある価値。

 それは誰よりも視聴者が理解していた。


「そうだなァ……」


 ドラゴンが顎をなでて逡巡する。


「条件を出す」


 奴はやがて、静かにそう告げた。


「条件?」

「ゴキブリ、お前のチャンネル登録者は何人だ?」

「100人ちょっとだ」


“ざっこww”

“桁が違うんですけど”

“だってコイツの配信クソつまんねぇよ?”


 こいつらは何もわかってないな、と俺は思う。

 確かに他の配信者にくらべれば数字は少ないかもしれない。

 だけど俺にとっては一人一人が大切な視聴者だ。

 何気ないコメントで何度勇気づけられたことか。


 それに俺は、100人でもすごく嬉しいんだ。

 100人を超えた今でも、朝起きて1人増えているだけで、飛び上がってガッツポーズを取るほど嬉しい。無限に元気が湧いてくるくらい心が晴れる。


 きっとドラゴンも昔はそうだったんじゃないか?


「じゃあ1000倍にしろ。登録者10万人だ。達成したら再加入を認めてやる」


 ドラゴンは無情にもそう言った。


“難易度ヘルモードww”

“無茶言うなよw”


 こいつは登録者数を戦闘力か何かと勘違いしているのか。

 カメラの向こうにいるのは、俺たちと同じ人間だ。

 俺たちがマウントを取り合うための道具じゃない。


「おいお前ら、ゴキブリ成長企画だ。題して『ゴキブリが登録者1000倍にして男になって帰ってくるまでパーティーに加入できません』だ」


“これ普通にいい企画じゃね?”

“ゴキブリの成長物語にもなるし、パーティーのパワーアップにもなる”

“誰も傷つかない神企画”

“ドラゴンどうした、急にリーダーっぽいぞ?”

“まさかここまでが計算だったのか!”


 しかしドラゴンは続けて言った。


「期限は夏休みが終わるまでだがなァ!」


 夏休みが終わるまで――。


“夏休みって……残り3日じゃねぇか”

“無理ゲーwww”

“だと思ったよおかしいと思ったんだw”

“それでこそド畜生だ”

“でもこの企画面白いぞ”

“失敗しても成功しても世間は間違いなく注目する”

“策士ドラゴン”


 視聴者の言う通りだ。

 この企画はどう転んでもいい広告になる。

 つくづく頭がいいよ、ドラゴンは。


「難易度は高い。しかしフェア。桐斗殿、どうするでござるか?」


 どうするもなにも、やるしかない。

 弱ってる姉貴はもう見たくない。泣きじゃくる姫花も見たくない。

 俺はプライドを捨ててここに立っている。


「3日で10万だろ? 受けて立つよ」


 コメント欄が加速するのを横目に、俺と亀田はこっそりうなずきあった。

 これは序章にすぎない。

 妖精カメラが様々な画角で俺とドラゴンを映しているが、俺はそれを気にもとめず、遠い目で昨日の公園のやりとりを思い出していた――


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