第14話 追放されたパーティーに再加入したい件 ①


「どうしたカメムシ。そんなゴキブリみてェなやつを連れて」


 俺は亀田と〝竜のアギト〟のパーティールームに来ていた。

 皇学園内にある特別室だ。

 赤いソファーに座っているのは、坊主頭のドラゴン。

 刈り上げオールバックのときよりも迫力が増していた。どこからどう見てもヤクザだ。高校生にこの威圧感は醸し出せないだろ、逆にすごい。


「雷轟殿にお願いに来たでござるよ」

「言ってみろ……」


 さすが亀田。

 登録者100万人越えの力は、さすがのドラゴンも無碍にはできない。


「桐斗殿を竜のアギトに戻してほしいでござる」

「ああ? なんでだよ?」


 ドラゴンが鋭い睨みを利かせてくるが、俺はそれに真っ向から立ち向かう。


「ドラゴン、また俺を使ってほしい。これまで以上に貢献するから」

「オレに何のメリットが……いや」


 途中で言葉を続けるのをやめて、ドラゴンが頬をねっとりと吊り上げた。


「ドラゴンチャンネル、ライブ配信始めまァァす!」


 その発声と共に、妖精カメラが蝿のように飛び回った。


“キタキタキタ~!!”

“待ってたぜド畜生”

“お?”

“お??”

“あそこにいるの、ゴキブリじゃね?”

“まさかの共演ww”

“また会ったなゴキブリィ!”


 ドラゴンチャンネルの通知を登録していたフォロワーたちが、怒涛の勢いでライブ配信に雪崩れ込んできた。この視聴者の勢いが、ドラゴンの影響力の大きさを示していた。飛ぶ鳥を落とす勢いとはまさにこのことだと思った。


「タイトルは『ゴキブリがまた脱退拒否してきた件』」


 ドラゴンが妖精に向かって話しかけている。


“出た例のやつw”

“金の亡者ww”

“長いものには巻かれるべきだよなゴキブリィ!”

“両親に捨てられたってマ?”

“同接5万”

“はっやw”


「皆さァん、こんにちはァ。いま緊急でカメラ回してまァす!」


 俺は頭頂部を鷲掴みにされ、ドラゴンに乱暴に揺さぶられる。


「カメラに映ってるでしょうか、このもやしおかっぱが!」


 くっ、と俺は顔をしかめる。


“見えるぞ”

“夢の共演w”

“いえーい、ゴキブリ元気~?”

“さすがゴキブリ生命力はんぱない”


 俺の目と鼻の先に、妖精カメラのレンズがあった。

 俺のことを小馬鹿にするように、ピントを合わせて覗き込んでくる。


「おいゴキブリ、いつもの挨拶しろ。オレの視聴者が見てんだぞ?」

「…………」


 ドラゴンの指が強く食い込み、頭皮がみちみちと音を立てた。

 骨の軋む痛みに顔をしかめ、俺は隣の極悪顔を見上げる。

 いつもの挨拶って、あんなの挨拶じゃないだろ。

 ドラゴンが無理やり言わせてるだけのただの罰ゲームだ。


「俺のパーティーに戻りたいんだろ? ヤレって言ったらヤレよカス」


 でも今の俺は、ドラゴンに頭を下げる立場だ。

 家族を守るためにどんな辱めでも受ける覚悟でここに立っている。

 この程度のハラスメント、平然とやってのけてやるよ。


「…………」


 俺はお尻をぷりっと突き出して、コミカルに左右へ振りまくった。


「ど、どうもゴキげんよう、何かがブリブリ~。御部桐斗です……」


 人間の価値を下げるためだけに考案されたようなクソみたいな挨拶。


“うはww”

“ひでえ挨拶ww”

“何かってなんだよ”

“ブリブリなんて、今日日小学生でも言わねぇぞ”

“こんなパーティー抜けろって御部。お前の作り笑いが見てて辛いわ”


 残念だったな。

 俺はパーティーに戻れるなら何だってやる。

 これまでのいじめを考えれば、これくらいの辱めはむしろイージー。


「ニンニン」


 両手を合わせて人差し指を立てる亀田が可愛らしく笑顔を振りまいた。


“いたでござるか、カメムシ”

“かわいい”

“かわいい”

“だが男だ”

“これってどういう状況?”

“竜のアギトを抜けた二人が勢揃いだ”


 抜けた二人? どういうことだ?


 俺は流れるコメントに思考が追いつかなかった。


「皆さァん、このゴキブリがですね、竜のアギトを脱退したくないって言ってるんですよォ。一度抜けたのに、虫がよすぎる話ですよねェ?」


“ありなんじゃね?”

“ドラゴン戻せw”

“お前はゴキブリがいたほうが二倍輝くぞ?”


 こちらが賛成意見。


“バカ、戻るなゴキブリ”

“弱みでも握られてるのか?”

“お前を殺そうとしたんだぞ、ドラゴンは”


 そしてこちらが反対意見だった。


「はいはァい。こんな感じで、賛否両論ですねェ」


 ドラゴンは最初からこうなることがわかっていたようだ。

 こいつは決して無能なんかじゃない。

 頭の回転が早く、ずる賢い男だ。

 状況整理の意味を込めて、あえて視聴者の思考を誘導している。


「ではまずは、ゴキブリから意見を聞いてみましょう。どうして俺のパーティーに戻りたいのかを。おいゴキブリ、言え」


 腕をぐっと引っ張られ、「おら」とカメラの前に突き飛ばされた。

 妖精のカメラ越しに万単位の視線を感じ、俺は一瞬足がすくんだ。


「俺は……竜のアギトでの日々がなんだかんだ楽しかったんだ。だから――」

「おいゴキブリィ、嘘はよくねェなァ。本音で語り合おうぜ。みんなが心の中で思ってることを、お前の口からちゃんと聞かせてくれよ」


 肩に腕を回されて、ドラゴンが寄りかかってくる。

 その重さに、ぐっと膝が沈み込んだ。


「本音って、どこまでだ」


 もし俺がパーティーに戻るのであれば、印象はよくしておいたほうがいい。

 だから俺は外面のいい言葉を吐き出したわけだが――


「全部だバカ野郎。視聴者を裏切るな」


 ドラゴンはもはやパーティーの好感度など考えていないようだった。

 視聴者にいい顔を見せる路線はもう捨てたらしい。


「……上位のパーティーに所属してれば、就職活動が有利になるからだ」


 俺は正直に言った。


「ゴキブリィ……二度は言わねェぞ。このまま再加入の話を流してもいいんだぜ。オレたちは、いや視聴者は、お前の本音が聞きたいんだ」


 だが、まだ足りないらしい。

 俺はゆっくりと溜めた息を吐き出した。

 わかった、いいだろう。

 これまでのように効率よく最適解を出してやる。

 お前が欲してる答えはこれだろ?


「……金だ」


 俺のたった二語を聞き遂げると、ドラゴンは恍惚の笑みを浮かべた。

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