第13話 プライドを捨てた件


「拙者に頼み事とは、めずらしいでござるね?」


 亀田が上目遣いで見つめてくる。

 相変わらず綺麗な顔だった。

 亀田は自分には何の才能もないと落ち込んでいたが、あるじゃねえかと俺はいつもムカついていた。

 この世の中、見た目がいいだけで圧倒的に人生のコスパがよくなる。


「まあ、うん、そうだな。切羽詰まってる」


 俺はプライドを捨てる。


「恥を忍んで頼む。俺をもう一度パーティーに戻れるよう、ドラゴンに口利きをしてほしい。どうか、この通りだ」


 俺はブランコから立ち上がり、裏切者に向かって頭を下げた。

 もう俺には授業料が払えない。

 だからと言って、これ以上姉貴に頼ることもできない。

 もう二度と、家族を失いたくなかった。


「恥を忍ぶ、でござるか。いい響きでござるな。まさに忍道」


 蝉の声が降りしきるなか、俺はじっと自分の靴を見つめた。

 亀田が今どんな顔をしているのかわからない。


「いいでござるよ」

「本当か」


 俺は顔を上げて、亀田の顔を見る。

 その返事に嬉しさを感じる反面、複雑な気持ちもあった。

 胃の奥が捻じれ回るような、重苦しい不快感が襲ってくる。


「また、雷轟殿の奴隷同然の生活に逆戻りするが、いいでござるね?」

「ああ」


 己に対する怒り。

 己に対する失望。


「今の雷轟殿は今や悪代官。かつてないほど凶暴になっておられる。もはや誰にも手がつけられない。おそらく――いやきっと、これまで以上の扱いを受けると思うが、それでも本当に戻りたいでござるか?」

「戻りたい」


 だが覚悟は決まっている。


「理由は、姫花殿でござるね」

「そうだ。何が何でも、金がほしい。一時的にも、将来的にも」


 今この瞬間だけ金が手に入っても意味がない。

 継続的な収入が必要だった。

 だからこそ〝竜のアギト〟として皇学園を卒業することに、代えがたい価値がある。完全実力至上主義のあの学園で、トップパーティーとして活動していた事実。それが俺の培ったサポートスキルの有用性を証明してくれる。


「条件が一つあるでござる」

「何だ?」


 当然の申し出だ。

 無条件では、亀田にメリットがなさすぎる。


「一度だけ、拙者の言うことを何でも聞くこと」

「何でも?」

「何でも、でござる」

「わかった。何でも言うこと聞く」


 俺は迷わなかった。

 金が手に入るのなら、何だって受けてやる。

 もっともっと姉貴と姫花に楽をさせてやるんだ。


「ニンニン。その覚悟、しかと受け取ったでござるよ」




     *




 それから俺は『修練と時の部屋』に入った。

 すべてが真っ白で塗りつぶされた空間。

 この1ヶ月ダンジョンを潜ってみてわかったが、【受け流し】スキルだけでは金は稼げない。モンスターを倒すには、攻撃スキルが必要だ。竜のアギトに戻って活躍するためにも、攻撃スキルは身につけておきたい。


「頼みますよ、神様。また修練させてくださいよ」


〈【鳥籠の卵】があなたの行動を静観しています〉


「KPが0なんですよ。この1ヶ月、1度も修練できてないんですよ」


〈【鳥籠の卵】があなたの行動を静観しています〉


「またKPを恵んでくれませんかね?」


〈【鳥籠の卵】があなたの言動に落胆しています〉


 なんだよ、それ。


「俺はあんたが何を求めているのかわからない。俺にどういう企画を立ててほしいんだ。どういう動画が見たいんだ。もっとあんたを愉しませるようなコンテンツを作るから、前みたいに支援してくれよ」


〈【鳥籠の卵】がそっぽを向いて粗茶を飲んでいます〉


「わっかんねーな」


 俺はぼりぼりと頭を掻きむしった。

 今が一番大事なときなのに。


「熱い茶で火傷しろ!」


〈【鳥籠の卵】があなたに低評価を下しました〉


「なにそれやめて怖い」


〈【鳥籠の卵】があなたの低評価を取り下げました〉


 すぐ取り下げてくれるのね。

 超常現象で脅すのやめてよ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る