第2話 同接1000万人のいじめが配信された件 ②



「ぷっ……。ゴキブリっぽくなってよかったじゃん?」


 顔が黒くなった俺を指さして、きらぽよが小さく噴き出した。


“ヤバすぎww”

“ゴキブリの顔が黒光りしとるw”

“また切り抜かれるぞww”

“悔しいのうw悔しいのうw”


 一気に加速していくコメント欄。

 妖精カメラのレンズに、俺のコーヒー顔が反射していた。


「ちょっとみんなやめなしー。ゴキブリがかわいそーじゃん?」

「桐斗殿、大丈夫でござるかぁ?」

「おいゴキブリ、笑わせんな。オレの集中が切れるだろ」


 ドラゴンたちもニヤニヤと嘲り笑う。

 ここに俺の居場所なんてない。

 俺は拳をぐっと握って、唇を噛み締め、吐き出したい声を押し殺した。うつむいたまま、俺を笑う奴らの視線を一身に浴びる。体が震え上がるほどの屈辱だったが、俺はこいつらに社会的にも物理的にも勝てっこなかった。


 だから、何も言い返さない。


“ねえねえゴキブリどんな気持ち? 今どんな気持ち?”

“何も言い返せないのが死ぬほどダサい”

“こういう男にだけはなりたくなよな”

“だからお前はモテないんだ。危機感持ったほうがいい”


「くそ……」


 俺は靴を見下ろしたまま声を漏らす。

 嫌になっちゃうな、ほんと。

 自分からネタにされているとは言っても、本音を言えば惨めで嫌な気分になる。俺だって本当はこんなことしたくない。こんな惨めったらしいこと。

 でも仕方がなかった。

 これでパーティーの人気は伸びたし、俺はパーティーに必要とされた。

 これが俺の生きる術だ。


 ドラゴン率いる探索パーティー〝竜のアギト〟は、


 堂本雷轟:50万人

 亀田武蔵:50万人

 盆栽川綺羅子:30万人

 神田玲司:20万人

 俺:100人


 合計150万人を超える世代を代表するパーティーだ。

 亀田に撮影を禁止されているから、俺の登録者は100人に留まっている。

 邪魔がなければ今ごろ何人くらいなんだろう。


 亀田がパーティーに加わってからすべてがおかしくなった。


 昔は俺の後ろに隠れる弱虫だったくせに、今は俺をダシにしてドラゴンに取り入っている。亀田の加入を機に、俺のいじめがエスカレートしていった。


“今来たんだけどどういう状況?”

“今来た三行”


 このカオスな状況に戸惑う新規視聴者たち。


“1:『アイアンゴーレム斬ってみた』配信中

 2:アイアンゴーレムが一向に現れない

 3:そのせいでドラゴンが【絶刀】の溜めモーションで3時間待ち

  ↑今ここ”

“は!? あの溜めポーズ3時間もしてんの!?”

“だからみんな暇してて神田が筋トレしてる”

“把握”


 西多摩ダンジョンを潜っている本来の目的は、ドラゴンのチャンネル企画『アイアンゴーレム斬ってみた』を配信するためだ。


 企画の発端は、ドラゴンの顕示欲だった。

 自分が最強であることを視聴者に見せつけたかったのだ。

 そこでやり玉に挙がったのが、アイアンゴーレム。

 アイアンゴーレムは全身が鋼鉄でできているため、打撃や斬撃といった物理攻撃に抜群の耐性がある。魔法スキルで倒すのがセオリーだ。しかし、そこをあえて『斬る』という、バズと意外性を狙った企画を考案した。


 確かにこれならドラゴンが最強であることを表現できる。


 そこからはトントン拍子だった。

 企画の内容が決まって、遠路はるばる西多摩まで来た。

 6階層に到達した。

 だがどういうわけか、一向にアイアンゴーレムが現れない。

 3時間も滞在しているのに、一体もだ。


 そういうわけで、ドラゴンは3時間も居合の構えを取り続けている。

 このスチール製の台車の上で。


 もちろんこの台車を、ゴーレムのもとまで押すのは俺の役目。

 途中のコーラ補給も含めて俺の仕事だ。

 ドラゴンのユニークスキル【絶刀】は非常に強力なのだが、溜めモーションに入ると身動きが一切取れなくなってしまう。それが唯一の難点だった。まあその間、俺は殴られずに済むのだが。


“でもここってアイアンゴーレムの巡回ルートだよな”

“3時間潜って出会えないのは逆におかしくね?”


 それは俺たちも同意見だった。


“ここどこ?”

“西多摩6階層、大部屋。アイアンゴーレム頻出エリア”

“こどおじ仙人:んー、これはマズイね”

“コテハン来た”

“こどおじ仙人:もしモンスターの縄張りが変わったのなら今すぐ脱出したほうがいい”

“どういうこと?”

“こどおじ仙人:ダンジョンの異変はたいていS級モンスターが関係してる”

“いやいや、ここBランクダンジョンだぞ?”


 配信のコメントが何やら不穏になってきた。

 ドラゴンも無言でコメントを追いかける。


“おい、ヤバいぞ。椿山つばきやま遥妃はるきの生配信見てみろ。今同じダンジョン潜ってて、ミスリルゴーレムに追われてる。配信どころじゃない”

“椿山遥妃って、あのアイドルの?”

“待ってミスリルゴーレム!?”

“S級キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!”

“ガチだったらヤバくね?”

“見てきたらマジもんのミスゴだった件。北千住以外で発見されたの初じゃね?”

“どうするんだよ。討伐方法見つかってないだろ”

“ドラゴン逃げてー!”


 コメントが大量に流れ去っていく。


「嘘だろ……」


 俺は肝の底が冷え込んだ。


 S級モンスターって、あのS級モンスターか?

 大手ギルドのトップ探索者シーカーですら死人が出る化物だ。


「どうするんだよ、ドラゴン……」


 俺はドラゴンの背中に投げかける。

 台車の上で居合の構えをしてる場合じゃないだろバカかこいつは。

 俺たちがどうこうできる相手じゃない。絶対に逃げたほうがいい。



「皆さんすみません」



 ドラゴンが長いため息を吐き、申し訳なさそうに言った。



“お?”

“さすがに配信やめるか?”

“いのちをだいじに”

“ドラゴンにしては英断だ”



「タイトル変更します。『ミスリルゴーレム斬ってみた』」



“やめとけ馬鹿w”

“駄目だコイツw”

“いやマジで逃げろって”

“本日の自殺配信はここですか?”



 ライブ配信のコメントがお祭り騒ぎのように加速した。

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