二度追放されたダンジョン配信者、『修練と時の部屋』スキルでレベルを上げ、配信ざまぁでバズってしまう ~一瞬で急成長したように見えるけど別時空で1000年努力してます~

D・マルディーニ

第1話 同接1000万人のいじめが配信された件 ①


「神様ごめんなさい! 許してください! オレを見捨てないで!」


 かつて俺をいじめていた男が泣き顔で謝っている。

 俺はそんな男の様子を全世界へ配信している。

 チャンネル登録者が1分ごとに100人増えていく。


 すべてのはじまりは、2ヶ月前に遡る――




     *




 もしクラスでいじめられる代わりに、年間600万円もらえるとしたら――

 お前はどうする?



 俺はもちろん・・・・・・いじめられる・・・・・・



 ここは東京の外れにある『西多摩ダンジョン』。


 5人パーティーの一員である俺は、荷物持ちポーターとしてゴーレム狩りに来ていた。

 だがもう一つ、このパーティーには別の目的がある。

 この土臭いダンジョンの中で、みんな・・・ってたかって俺をいじめて楽しむことだ。


「おいゴキブリ、コーラ。早くしろ。10、9、8――」


 それは俺に10秒以内でコーラを用意しろってことか?


「いま用意する」


 あまりの理不尽さにカチンときたが、俺がこいつに逆らえるわけもない。

 奥歯を噛み締めて、俺は不服そうにうなずく。


 これが正解だ。


 特に『不服そうに』ってところがポイント。


 ちょっと逆らうような生意気さを演出しつつ、それでも従わざるを得ない己の無力さを醸し出す。こうすることで相手は優越感に浸れる。なおかつ俺の悔しそうな姿が、相手のいじめっ子魂をくすぐる。まさに模範解答。


 マジで楽勝だ。コスパがよすぎる。努力なんて無駄!


 相手が望むようないじめられっ子を演じてやれば年間600万円。

 それに加えて学食タダ、アイテムタダ、教科書タダ、施設タダ。


 これら全部が、いじめられっ子として学園最強パーティーに寄生している恩恵である。このパーティーに寄生している限り、俺は成績優秀な特待生だと認定され、数々の望外な報酬を得られる。


 ありがとう授業料免除600万!


 ただいじめられているだけなのに、人生イージーモードすぎるだろ。

 

「5、4、3――」


 とは言っても、10秒で用意なんて無理に決まってる。

 また腹を殴られるんだろうな。

 俺はがさごそと荷物を漁りながら、横目でパーティーリーダーを眺める。


 俺のことをゴキブリなどと呼び、偉そうに命令してきたこの男は――

 同じクラスの堂本雷轟どうもとらいごう


 通称〝ドラゴン〟。


 登録者50万人を擁する人気急上昇のダンジョン配信者Dチューバーであり、神に愛された〝ユニークスキル〟保持者である。


「あれ、ストローどこだっけな……」


 対して俺はチビでガリで、同じ人間なのに50m8秒台。


 御部ごぶ桐斗きりとという名前から早々に〝ゴキブリ〟とネーミングされ、スクールカーストの底辺を最深部まで掘り進んでいる。

 学校でもダンジョンでも、陽キャたちのいいオモチャだ。


「遅ェんだよノロマ。オレの集中が切れたらどうする。殺すぞボケ」


 刀に手を添えた姿勢のままドラゴンが睨んできた。


 怖ぇ……。


 ドラゴンはいま諸事情あって、居合抜きのスキルを発動しており、この構えから身動きが取れない。それなのに、身が縮こまるほどの恐ろしさだった。


 なんだよその髪型。

 剃り込みオールバックって、やくざかよ。


「…………」


 俺は缶コーラにストローを差して、動けないドラゴンの口元に持っていく。


 ちなみにこの缶コーラは俺の自腹だ……。


 ストローを咥えたドラゴンの喉がごくんごくんと音を鳴らすのを、俺は預金通帳の残高を思い浮かべながら眺める。もっと切り詰めないとヤバいな……。


 しゅぃーん、しゅぃーん。


 不思議な音がして、思わず横を向く。

 なんだ、妖精カメラか。

 ……脅かすなよ。

 この妖精カメラは虫の翅で自在に飛び回る、レンズのついた謎の球体だ。探索者一人に一匹与えられ、カメラを通してDチューブへ動画を配信することができる。


 まあ俺にだって、一流の探索者を目指していた時期もあったさ。

 でも今は……


“ドラゴンひでぇww”

“ゴキブリの扱いがマジでゴキブリ”

“居合抜きの姿勢でコーラちゅうちゅうは草”

“おいゴキブリ、何か言い返せよ”


 俺の無様な姿が世界中に配信されている。

 コメントが次々と流れてくるが、読まなくてもわかる。

 だいたい俺の悪口だ。

 俺をいじめてみんな・・・で楽しんでいるのだ。


 ドラゴンによるゴキブリ公開いじめ。


 これがバズってエンタメにされている。


 これが俺の存在価値だ。


 つまり、ストレス発散と陰湿な笑い。


 これらを提供し続ける限り、俺は〝竜のアギト〟に在籍できる。


 半年だ。

 あと半年耐えれば学園を卒業できる。


 学園最強パーティーにいたという事実、

 日々のダンジョン探索で稼いだ点数、

 そしてパーティーに貢献するために身につけたサポートスキル、


 これらの実績があれば就職先に困ることはない。


 もしかしたら大手ギルドに入れるかもしれない。


 とにかく俺には金が必要だ。

 大手ギルドに就職して、高年収を目指すんだ。


「おい、ゴキブリ。ちょっと口元ぬぐってくれ。コーラが垂れた」


“自分でやれww”

“溜めモーション中は動けないのがつらいな”

“忠犬ゴキブリ”


 これも演出だ。

 視聴者が俺のいじめを求めてるから、わざとこぼしたんだろう。

 じゃなきゃ、どうやってストローでこぼすんだ?


“おいゴキブリ、今ならドラゴンに腹パンできるぞ!”

“やれww”


 視聴者は好き勝手言ってくる。

 そんなコスパの悪いことをするわけがない。

 ドラゴンは学園の理事長の息子だ。

 実力も権力も備わっている。

 ここで反抗して退学させれるなんて馬鹿なことはしない。


 だってあと半年で――

 名門校のランキングトップパーティーとして卒業できるんだぞ?

 こんなチャンスを捨てるわけがない。


 何が何でもいじめられてやる!


「まったくゴーレム来ないんですけど。暇なんですけど!」


“このアホそうな声はまさか……”

“きらぽよだ!”

“暇だから質問コーナーしてよきらぽよ!”

“彼氏いる?”


「あたしの配信じゃないのでノーコメント」


 そうばっさり言い捨てたのは、パーティーメンバーの一人、盆栽川ぼんさいがわ綺羅子きらこだ。

 チャンネル登録者30万人のギャル系Dチューバー。

 ギャルギャルしてる見た目に反して、こいつのパパは堅物の警視監らしい。こいつはこいつで別方向の権力者。逆らっちゃいけない部類の人間だ。


“塩対応”

“だがそれがいい”


「ゴーレムが来るまで耐え忍ぶでごさる。ニンニン、でござるよ?」


 横から入ってきたのは、亀田かめだ武蔵むさし

 通称〝カメムシ〟。

 俺の幼馴染であり、そして最大の裏切者だ。


“かわいい”

“かわいい”

“だが男だ”


 俺と同じ虫のあだ名なのに、扱われ方が全然違う。

 やっぱり見た目って大事だ。

 亀田はその可愛らしい見た目と謎の忍者キャラで人気を博している。

 登録者数はドラゴンと同じ50万人。


「てかもう3時間近く経ってるし。アイツだって暇すぎてもはや自由だし」


 きらぽよが金色の髪の毛を払い、焚き火をしている男に目を向ける。


“ダンジョンでコーヒー豆挽くなw”


 焚き火の前でコーヒーミルを回す男は神田かんだ玲司れいじ

 こいつもこいつで権力者、国会議員の息子だ。

『丁寧なダンジョン暮らし』を配信して登録者が20万人を超えている。


“神田の配信タイトル『ダンジョンでキャンプしてみた』なんだが?”

“あいつだけ趣旨が違うw”

“なんでこの人、焚き火の前で筋トレ始めたの?”

“ダンジョンルーティンww”


 神田が人気な理由は、生粋のダンジョン探索者シーカーだからだ。

 本人はルーティン動画でオシャレ路線を攻めたいらしいが、その目論見に反して、実際はダンジョン探索者シーカーの実力で人気を博している。

 もうすでに大手ギルドからスカウトされているとの噂だ。


「ふー……プロテインある?」


“何しにきたw”

“あるわけねぇだろww”

“プロテイン持っていくくらいなら、もうひとつポーション持っていくわ”


 同意見だ。

 ダンジョンではポーションのほうが断然役に立つ。

 荷物持ちポーターの授業で真っ先に学ぶのは、アイテムの優先度を決める知識だった。

 何を選んで、何を選ばないか。

 命の危険があるのだから、当たり前の話だ。


 だがこいつらに、そんな理屈は通用しない。


 俺は困ったときの癖で頭を掻きながら、神田の機嫌を損ねないように謝る。


「悪い……。プロテインは用意してなかった」


 神田はあからさまに舌打ちをした。

 足元のコーヒーミルの容器を引っ掴むと、挽き立ての粉末を俺の頭頂部にぶちまけてきた。


「ほんと使えねーな、お前。何のために生きてんの?」


 土臭かったダンジョンのにおいが、コーヒーのにおいで塗り潰された。

 俺はうつむいたままその辱めに耐える。


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