第3話 同接1000万人のいじめが配信された件 ③


「きゃああっ!!」


 突然、石造りの迷宮に女の悲鳴が響き渡った。


“!?”

“!?”


 真四角に切り抜かれた通路から、女の子と妖精カメラがこの部屋に転がり込んできた。

 その直後、多くの大人たちも雪崩れ込み、西多摩ダンジョン6階層は一気に喧騒に巻き込まれた。


「こんなの聞いてないこんなの聞いてないこんなの聞いてない!!」


“あれ、椿山遥妃じゃね?”

“ってことは……!”


 俺が通路の入口に視線を送ったのと同時に、

 ダンジョンの壁が、轟音と共に粉砕された。


“やっべえええ!”

“壁が粘土みたいに破壊されてる!”


 もうもうと立ち昇る土煙から、虹色に輝く半透明のゴーレムが現れた。


“ミスリルゴーレム!”

“ガチだ”

“これはマジで逃げたほうがいい”


「おい、ゴキブリ。押せ」


 ミスリルゴーレムを見据えて、ドラゴンが顎で命令してきた。

 バカかコイツは。


「行かないほうがいい。S級はさすがにヤバい」


 ミスリルゴーレムは物理も魔法も効かない。だから今まで誰も討伐できなかったんだ。ダンジョン管理局が「遭遇したら逃げろ」と勧告しているのに、リーダーのお前がそれを無視してどうするんだ。


「お前、誰に物言ってんだ。……殺すぞ」


 その殺気に、俺はぐっと喉を詰まらせた。


「オレは〝神持ち〟でユニークスキル保持者だぞ。お前みたいな雑魚に指図されるような人間じゃねェんだ。わかったら、オレの言った通りにしろ。お前みたいなカスをこのパーティーに入れてやったのは、こういうときの雑用のためだろうが。お前の代わりはいくらでもいるんだよ、ゴキブリィ……」

「だが――」


 ぎろりと睨まれ、俺は足が震えた。


「ゴキブリィ……。お前、探索者シーカーズギルドに就職希望だったな。親父の権限で、お前を今すぐ退学にしてやってもいいんだぞ。中卒のお前を雇ってくれるギルドなんざこの世にはねェ……。金に困ってるんだろ。親に捨てられたんだもんなァ。中卒のお前が、これからどうやって妹の教育費を稼ぐんだ? お前が退学するかどうかは、お前の誠意次第だ」

「退学は……卑怯だろ」


 それを言われたどうしようもなくなる。


「卑怯? 親の力は子の力だ。恨むなら自分のクソ親を恨め」

「俺のことはいくら悪く言ってもいい。でも家族の悪口は――」

「子育てもできねェ無能をクソだと言って何が悪い。遺伝ってするもんだなァ。底辺から生まれたガキは生まれながらに底辺なんだもんな。そういやお前の姉ちゃん、体売って金稼いでるんだっけか? 泣けるぜ。お前が退学すりゃァ、これからもっと体売らなきゃいけねェもんなァ?」

「ふざけるな。姉貴はそんなことしてない。根も葉もない噂を――」

「そうだ、オレがお前の姉ちゃんを買ってやろうか? 一万払うぜ?」


 脳血管のぶち切れる音がした。


「……わかった。行けばいいんだろ」


 行くから、もう、家族のことは口にするな。


 俺は台車の取っ手を握りしめて、石畳の床をぐっと踏み込んだ。歯を食いしばり、ドラゴンを乗せた台車を押して駆け出す。


 もちろん恐怖もあったが、それよりも殺意があった。


 ミスリルゴーレムに殺されろ、ドラゴン。

 俺が引導を渡してやる。


「聞いてない聞いてない聞いてない――!」


 前方から、大勢の大人に囲まれた椿山遥妃が逃げてくる。


「え?」


 すれ違いざまに椿山が一瞬振り返ったが――


「桐斗くん……?」


 俺は視界にも入れずただただ前を走った。

 俺の目に映っているのは、ミスリルゴーレムだけだ。


〈【鳥籠の卵】があなたの行動を静観しています〉


「これがS級モンスターか。すげえ迫力」


 破壊の限りを尽くすミスリルゴーレムを前にしても、ドラゴンは好戦的な表情を崩さなかった。俺はその表情が恐怖で歪むのを期待している。台車を押す速度をさらに上げ、大木ほど太いゴーレムの脚元にまで到達する。


“何してんだよドラゴン逃げろバカ”

“ミスリルゴーレムは物理無効だぞ!”

“いくらユニークスキルでも意味ないんじゃ……”

“ドラゴンのユニークスキルって?”

“こどおじ仙人:ユニークスキル【絶刀】。1分の溜めで威力が2倍になる”

“つまり2分なら2×2で4倍、3分なら2×2×2で8倍ってこと?”

“こどおじ仙人:いかにも”


 ミスリルゴーレムの瞳が妖しく光り、何トンもの巨大な拳を振り上げる。

 俺たちを敵と認識したようだ。


“じゃあ3時間も溜めてるドラゴンは……”

“待ってろ、今電卓叩いてる。仮に溜め時間が200分だとして、2の200乗倍。つまりドラゴンの居合抜きは、1.6e+60倍の威力がある”

“ん?”

“は?”

“eって何?”

“つまり何倍だってばよ?”

“数字が大きすぎてみんなピンと来てないw”

“こどおじ仙人:つまり、ものすごい威力ってことだ”

“ものすごい物理攻撃 VS 物理無効ゴーレム”

“いける……のか?”

“もしかして、勝っちゃう?”

“母ちゃん俺、リアルタイムでS級討伐の瞬間が見れるかもしない”


「お前は用済みだ、ゴキブリ。死んどけ」

「おま――」


 溜めモーションから解放されたドラゴンが、台車の鉄板から弾丸のように跳躍した。

 その反動で俺はたたらを踏み、この危険地帯で尻餅をつく。


“ヤバい、椿山遥妃の配信から視聴者が流れてきてる!”

“はるるの配信から来ました~!”

“『ミスリルゴーレム斬ってみた』同時接続100万人突破!!”

“やばいぞ、世界中で拡散されてる”

“今来た、どういう状況?”

“黙って見てろ新参。事故配信か神配信かは見てりゃわかる”


 振り落とされたミスリルの拳が、台車ごと石畳の床を突き破った。

 俺の頭が真っ白に弾け飛ぶ。

 気がつけば部屋の端っこまで吹き飛んでいた。雑巾絞りされたみたいな激痛が、足の先から頭の先まで襲いかかってきた。


「かはっ……」


 絶叫を上げたいほどの激痛なのに、蚊ほどの声も出す余裕がなかった。


「ユニークスキル解放。【絶刀・解】』


 薄れゆく意識の中で、宙を舞うドラゴンの、絶世の抜刀術が見えた。


“は?”

“え?”

“マジ?”


 ミスリルゴーレムの胴体にぷつりと一閃走り、上半身が重力に任せて横滑りしていく。


“はあああああああ!?”

“ええええええええ!?”

“ミスリル、斬りやがったぁぁ!?”


 やがて一刀両断された上半身が落下し、ダンジョン全体を揺るがすほどの地響きを立てた。


“Yabeeeee!!”

“前人未踏!”

“同接1000万人突破してる件”

“マジだ”

“見てる人多すぎw”

“Congratulations!! from USA”

“你好!!”


「…………」


 つくづく――

 つくづく、頭と心は違うと思う。


 頭ではみんなのサンドバッグになろうと演技をするが、演技をすればするほど俺の心はすり減るようにできているらしい。自らいじめられに行ってるのに、暴言を吐かれたらちゃんと傷つくし、ちゃんと嫌な思いをするのだ。


 怒りに任せて、クラスメイトを殺そうとするくらいに。


 でも今は、ドラゴンが生きててよかったと心底思う。

 もしドラゴンが死んでいたら、俺はたぶん、自分のことが許せなかった。


〈【鳥籠の卵】があなたの行動を静観しています〉


「ちょっと誰か来て! 怪我人です!」


 誰かに体を揺さぶられる。

 もう、前が見えない。


「ねえわかる!? 桐斗くん!! しっかりして!!」


 ああ――遥妃ちゃん。ひさしぶり。

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