第10話 格差社会を痛感した件


「俺一人だとEランクダンジョンしか潜れないんだよなぁ」


 俺は『両国ダンジョン』を探索していた。

 湿気の多いじめじめした気候で、見た目は熱帯雨林みたいな迷宮だ。

 神様認定ではEランクに分類される。

 パーティーを抜けた俺には、最大でEランクしか潜れる資格がない。


 一応学園で昇格試験を受けたのだが、サポートスキル特化の俺では、ソロ探索資格に合格することは難しかった。

 合計で4回も落ちている。

 戦闘系の才能がないことは最初からわかっていたから悔しくもなかった。


 ただ、ああやっぱりな、と再認識しただけだ。


 でもサポートスキルは好成績なので、パーティー試験ではAランクまで合格している。だから学園最強パーティーの〝竜のアギト〟にも加入できたってわけだ。というか、Aランク資格の保持がパーティー加入の最低条件だった。


「素材も微妙だな。稼ぎは時給換算で1000円くらいか」


 出てくるモンスターも低ランクの爬虫類系ばかり。

 素材を剥ぎ取っても大した額にならないし、魔石も低品質のものばかりで重荷になるだけだ。こんなんじゃ、何日潜っても妹の教育費は稼げない。


 やはり今までの俺は正しかったと言える。

 汗水流して無駄な努力でダンジョン探索をするよりも、恥も外聞も捨てて〝竜のアギト〟に寄生したほうが、効率よく大金を稼ぐことができた。


 桁が違う桁が。


「普通にファストフードでバイトしたほうが安全だし――いや、高校生が大きく稼ぐにはやっぱりダンジョンだ。地道に稼いだんじゃ全然足りない」


 何の学歴も実績もない高校生が何百万何千万と稼ぎたいなら、ダンジョン探索が一番の近道だ。他にも起業や芸能などの道もあるが、そんなのは選ばれた天才だけが進める道。しかしダンジョン探索なら、凡人の高校生でもレアアイテムを運よくゲットできればそれだけで大金を稼げる。


 ダンジョンには夢がある。夢しかない。


 それに神様たちが推奨しているように、ダンジョン配信をすれば広告やスパチャから副収入も手に入る。最近ではそっちの収入をメインにするような配信者も増えてきたくらいだ。きらぽよは完全にそっち側の人間。


 きらぽよほど最強な見た目を持っていれば、画面に映っているだけで勝手に金が飛び込んでくる。

 あいつはそういう次元の生き物だった。

 そりゃ芸能界がきらぽよを放っておかないわけだ。名だたるタレントに囲まれても、顔面だけで全員を食い殺す勢いだった。


 そして俺もようやく登録者が180人を迎えた。


“なんだこの配信。低ランクダンジョンの素材集めかよ。地味だな”

“おいゴキブリ、応援してるがこの方針だとチャンネル伸びねえぞ”

“こいつは有名パーティーにいただけで、実際は底辺だもんなw”

“やっぱお前はドラゴンの横が一番輝くんだよ”

“ゴキ×ドラ”

“なんだかんだドラゴンとゴキブリのコンビはよかったよなw”


 こんな感じでコメントは辛辣だが、俺は俺なりに楽しくやっている。


「おっと、危ねえ」


 木の陰からファイアースネークがぶっ放した火球を、俺はとっさに手のひらで【受け流し】た。火球はそのまま横に逸れて大木にぶち当たり、太い幹に真っ黒い焦げ跡を残す。


 ふう、危うく顔面が大火傷だったぜ……。


“ふぁ!?”

“ゴキブリいま何した?”

“ファイアボールにビンタしやがったw”

“いや熱くねえの?”

“一瞬だからセーフセーフ”


「18時か。もう上がります。チャンネル登録と高評価お願いします」


 俺はそれだけ告げて配信を切った。

 その足で、皇学園すめらぎがくえんのダンジョンショップへ向かう。


 ─────────────────

 本日の査定

 ─────────────────

 魔石(E級) 241円

 魔石(E級) 307円

 魔石(E級) 220円

 魔石(E級) 334円

 魔石(E級) 189円

 イチゴブドウ 102円

 イチゴブドウ 105円

 カマキリトカゲの胆嚢 640円

 ファイアスネークの牙 709円

 ファイアスネークの皮 780円

 ツブラクワガタ♂(生存) 400円

 ─────────────────

 合計  4,027円

 ─────────────────


 今日の成果は4時間探索して4000円。

 採取した素材はダンジョンショップで即金可能だ。

 そのうち約3割が税金で持っていかれる。

 なんだっけ。

 探索所得課税とダンジョン管理税だっけ?

 よくわからんが、確定申告が怖い。




     *




 私立皇学園。

 名門中の名門、日本を代表する探索者養成学校である。

 完全実力至上主義であるこの学園は、すべての設備にありとあらゆる不平等が存在している。それが如実に現れているのが、この学園食堂だ。


「うーん」


 俺はセルフレジで白米と生卵を注文し、読み取り機に学生証をかざす。

 ピ、と音が鳴ってレシートが吐き出された。

 どこのパーティーにも属していない俺は、Eランクのソロシーカーとして判定される。そしてソロシーカーとしての1学期の成績は、成績ランキングでも下位のほうだ。つまり学食では、白米と小鉢しか注文できない。


「すごく寂しい……」


 竜のアギトに所属していたときは、ランキング上位の成績であったため、食べたいものは何でも食べられた。神戸牛のシャトーブリアンに、高級寿司の20品コース、はたまたミノタウロスの熟成ネギ塩タンなんてものも。


 しかもタダだ!


 トレーに茶碗と生卵を乗せた俺は、ごった返した夕食時の食堂を見渡し、ぎゅうぎゅう詰めになったテーブル席に腰をかけた。


 そこでふと上のほうを眺めた。


 俺のような成績の悪い生徒は一般テーブル席に座るしかないが、ドラゴンや神田といった成績優秀者は、ステップ階段の上にあるテラス席で食事を取ることができる。テーブルも椅子も超高級家財で、天井にはシャンデリアまでぶら下がり、ウェイトレスが手厚い給仕をしてくれるのだ。


 成績上位の選ばれた者しか立ち入ることのできない聖域だ。


 新入生はテラス席に座る先輩たちを見上げ、いつか自分もあそこに行くんだと憧れるものだ。俺もかつてはそうだった。そして俺は、ドラゴンたちに寄生することでその憧れを現実にしたのだ。


 ただいじめを受けるだけで、特権階級の仲間入りを果たした。

 簡単すぎた。

 自分は本当にコスパよく生きているなぁと自画自賛したものだ。

 今じゃこの一般テーブルに逆戻りだが。


「おいやべーぞ。ドラゴンがなんかブチギレてる」


 俺が白米に卵を落として、醤油を2周かけ回していると、右隣の席からそんな声が聞こえてきた。


「Dチューブ見てみろ。今ドラゴンが逆ギレ配信してっから!」


 なんだよ逆ギレ配信って。

 あいついつもキレてんな。


『ああそうだよ。ゴキブリは切り捨てた。邪魔だったからなァ!」


 俺はTKGを噴きそうになった。


“やばww”

“本性見せたなドラゴンw”

“ド畜生で草”


 逆ギレの相手は俺だった。

 やめてくれ、ごはん中なんだよ今。

 隣のやつにバレるとめちゃくちゃ気まずいだろ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る