第7話 『修練と時の部屋』がチートスキルな件 ②


 ――――…………


 半年経った。

 死に慣れた。

 まだ、心は折れてない。


「努力って本当にコスパ悪いよなぁ」


 だけど――


 この部屋の中では、努力した結果が数値としてわかる。

 成長が目に見える。

 現実世界だと努力が本当に報われているのかわからず、心が折れたり諦めたりするけれど、この部屋の中ではやったことが着実に成長に繋がる。

 その成長が楽しくて楽しくて。

 心が折れる暇なんかなかった。

 むしろ、次は何を試そうかとわくわくしている自分がいた。


 これまでに俺が習得したスキルは7つだ。


【カウンター Lv2】

【ガード Lv7】

【盾術 Lv5】

【マジックシールド Lv4】

【衝撃吸収 Lv2】

【硬質化 Lv4】

【受け流し Lv23】


 いろいろとスキルを習得して試した結果、生き延びる可能性が高そうだったのは【受け流し】だった。【ガード】をしたところで、ミスリルゴーレムの破壊力に人間は耐えられない。盾を使ってみても駄目で、魔法で盾を展開しても駄目だった。上手く衝撃を吸収しても攻撃を殺しきれないし、体をめちゃくちゃ硬くしても呆気なく粉砕された。【カウンター】はバカだ、相打ちにすらならなかった。


 だから発想を変えた。


 防御を鍛えるのではなく、攻撃をいなすのだと。


 修練と時の部屋、ルールの6番目。


『修練に必要な道具や環境はご用意があるのでお申しつけください』


 だから最初は、イノシシを用意してもらって受け流し方を練習していった。

 そして俺は、スキルがレベルアップしていくことを発見した。

 練習すればするほど、スキルのLvの数字が上がっていった。スキルレベルの存在は、たぶん世界中の誰もが知らないことだと思う。どうやらこの空間だけ、スキルレベルを認識できるようになっているらしい。


 それから俺はどんどん修練の難易度を上げていった。


 イノシシから闘牛。

 闘牛からミノタウロス。

 ミノタウロスから銃弾。


 RPGでは、スキルのレベルが上がるほどレベルアップに必要な経験値が増し、レベルが上がりづらくなるのが通例だ。


 しかし、現実は違った。


 スキルのレベルが上がるほど、どんどんレベルを上げやすくなった。

 上がった分だけ、難易度の高い修練をこなすことができるからだ。難易度は高ければ高いほど経験値が高く、効率がいい。今までできなかったことができるようになり、より高度なスキルの使い方をすることで、さらに経験値が増していった。


 俺の【受け流し】スキルは、加速度的に成熟していった。


 ミスリルゴーレムの拳も少しは流せるようになってきた。

 でもまだ足らない。

 あと少しというところまでいくのだが、どうしても流しきれなくて結局潰されてしまう。たぶん奴のパンチは、東京タワーすら倒壊させる。




 ――――…………




 11ヶ月目。KPも残り1になった。

 そのおかげで俺の【受け流し】スキルはレベルが81まで上がった。

 修練するスキルを【受け流し】のみに絞り、あらゆる種類の攻撃を受け流していった結果、気がつけばこのレベルまで到達していた。


「ふー……」


 俺はミスリルゴーレムと対峙する。

 奴の足の麓から、10メートルもある巨体を眺める。


「ラストバトルだ。ミスゴさん、パンチお願いします」


 ミスリルゴーレムは何も言わない。

 ただ無機質に、虹色に輝く半透明の拳を振り上げる。

 俺は呼吸にだけ意識を集中し、周囲の気の流れと一体化する。

 高質量の拳が迫ってくる気配。

 すごいな。

 もしかしたら隕石の気配って、こんな感じなのかもしれない。


「…………」


 俺はミスリルの拳に手を添え、そのまま左方向へ力を受け流す。

 次の瞬間、ミスリルゴーレムの拳が俺の頬を掠め、真っ白な床を突き破っていった。真っ白な床は面白いくらいに隆起し、縦横に亀裂が疾走していくが、力の方向を左側に流したため、隆起も亀裂もすべて左方向に発生している。


「……ぽぅ」


 思わず変な声が出た。


 俺はついに、ミスリルゴーレムの攻撃を受けてなお、生き延びることに成功した。


〈【鳥籠の卵】があなたの成果に拍手を送っています〉


「対戦ありがとうございました」


 俺はミスリルゴーレムに頭を下げ、くるりと踵を返して台座まで歩く。


〈あなたは神様案件『いじめられっ子』の条件を達成しました〉

〈あなたはコモンスキル【受け流し】を極め、エクストラスキル【流転】を習得しました〉


「ちょっとなに言ってるかわからないです」


 またパニックです。

 探索者の掲示板でも、スキルが進化するなんて情報は見たことなかった。

 もしかしたら俺が世界で初のエクストラスキル習得者、なのか?

 それとも習得した者はいるが、情報を公開していないだけなのか。

 情報を隠すのはよくある話だ。


 ドラゴンは頭がおかしいので例外であるが、ユニークスキルを公開する探索者はほとんどいない。それは自分の倒し方を漏らしているのと同義であるからだ。能ある鷹は爪を隠すではないが、自己防衛のために情報を秘匿するのは当然の対策だった。神様の中には、ユニークスキル狩りを楽しむ過激な層もいるらしい。配信が神様にウケれば、人を殺すことも立派な娯楽だ。


 俺だって、この修練と時の部屋チートスキルを教えるつもりは毛頭ない。


 とにかく――


「神様、案件クリアだ。元の世界に帰してくれ」


〈【鳥籠の卵】が余韻に浸っています。しばらくお待ちください〉


「…………」


 わかった、待つよ。

 そこまで感情移入してくれて俺は嬉しいよ。


「…………」


 …………。


「…………」


 …………。


「…………」


 …………。


「…………」


 …………。


「…………」


 …………。


「まだ?」




 ――――…………




 全身が淡い光に包まれたかと思うと、俺は見慣れた病室に戻っていた。

 視線を動かすと、ドラゴン、カメムシ、きらぽよ、神田の姿が見える。


「あ? お前なに俺の手を払ってんだよ?」

「あ、いや、すまん。体が勝手に……」


 目の前でドラゴンが目を充血させている。

 突然俺の頭を叩こうとするから、ついクセで【受け流し】てしまった。

 

「アア? 殺すぞお前――」


 胸ぐらを掴もうとする手も、無意識に【受け流し】てしまう。

 困ったな……。

 体に【受け流し】が染みついている。【受け流さ】ないと死んでしまう環境に1年近くいたから、なかなかそのときの生存本能が抜けないらしい。


「このクソ野郎……何度も何度も……! 舐めやがって……!」


 そのとき、俺の携帯が鳴った。

 姉貴から電話だ。

 そういえば今日って、退院日だったっけ。


「もしもし」


 俺が電話の受け答えをしていると、ドラゴンがニィと笑みを浮かべた。

 俺はこの顔をよく知っている。悪巧みを思いついたときの顔だ。


「ハハァ……! 隙だらけなんだよゴキブリィ!」


 通話中の俺の顔面に向かって、ドラゴンが思いきり殴りかかってきた。

 俺はそんなドラゴンの拳を、ぺちっと片手で流し、通話を続ける。


「???」


 絶賛混乱中のドラゴンに、俺は真顔で言った。


「ドラゴン、姉貴が来る。そろそろ帰ってくれないか?」


〈【鳥籠の卵】があなたの行動に腹を抱えて笑っています〉

〈【全裸聖母】があなたの変化に驚き、興味を抱いています〉


 なんかまた変な神様に目をつけられてるんですけど。


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