第5話 理不尽にパーティーを追放された件


「このネット記事を見るでござる」


 亀田が差し出したタブレットに目を走らせる。

 ネット記事のタイトルはこうだった。


『竜のアギト快挙の裏側。ゴキブリ公開いじめ・殺人未遂 同接1000万人』


 ドラゴンがミスリルゴーレムを討伐するまでの3時間、パーティーメンバーが如何に俺を貶し続けていたかを事細かく記載していた。挙句の果てには、最後の殺人未遂だ。一歩間違えば、俺はドラゴンのせいで死んでいた。


「昔からのファンであれば桐斗殿へのいじりをエンタメとして見てくれるのでござるが……新規の視聴者にはどうにも過激に映ったらしいでござる」


 ネット記事の下の欄へスクロールしていくと、読者のコメントが溢れ返っていた。


“ゴキブリかわいそう”

“さすがに家族のことを悪く言うのは引く”

“御部はこんなパーティーからさっさと抜けたほうがいい”

“学校側はどんな管理をしてるんだ?”


 新規の視聴者がどう思おうが俺には関係なかった。


「俺の知ったことじゃない。それはそっちの不手際だろ」


 俺を散々エンタメにしておいて、失敗して炎上したら切り捨てるなんて、身勝手にもほどがある。エンタメにするならちゃんとヘイト管理をしとけよ。


「そもそも何のために俺だけ撮影禁止にしたんだ? 亀田、お前が言ったんじゃねえか。俺視点の動画が挙がると視聴者が俺を通していじめを追体験してしまう、だから視聴者が不快な思いをしないために俺の撮影を禁止にする――ってな。禁止したのにこのざまか?」


 まったくなんてざまだよ。

 炎上防止のために俺だけ広告収入がゼロだったんだぞ。

 パーティーに在籍し続けるために、俺はこの条件を我慢して呑んだんだ。

 それだっていうのに――


「時間の問題だったでござる」


 亀田の簡単な一言に、体がかっと熱くなった。

 たった一言で問題を片付けてしまうのか。

 ふざけんじゃねえぞ、裏切者。時間の問題だったのなら、最初から対策をしとけよ。なんでお前らの不手際で、パーティーを抜けなきゃならないんだ。


「ま、そういうことだゴキブリ。お前がいると炎上するんだ。オレはさくっと頭丸めて謝罪動画撮るからよ、頼むから脱退してくれや。な?」


 俺の肩に、ぽん、とドラゴンが手を乗せる。

 病室のベッドをひっくり返してやろうかと思った。


「一方的すぎる」

「仕方ねェだろ。視聴者が脱退させろってうるせェんだから」

「それを決めるのは俺だろ。視聴者でもドラゴンでもない」

「お前が脱退しないって言うなら、仕方がねェ……。お前をすめらぎ学園から退学させる」

「はあ!?」


 俺はドラゴンを見上げた。


「脱退は嫌なんだろ。じゃあ退学だ。どっちがいい?」

「理不尽すぎる」


 なんだよその二択。どっちを選んでも、最悪だった。


「選ばせてやるんだ、むしろ感謝してほしいくらいだ」


 指が食い込むほど肩を掴まれて、俺は痛みのあまり顔を歪めた。

 ふと見上げると、ドラゴンが唇の端を吊り上げてニヤニヤと笑っていた。


「脱退するか、退学するか、二つに一つ。選べ、ゴキブリ」


 ドラゴンはこの状況すらも愉しんでいる。

 こいつはそういうやつだ。

 強者と弱者――その圧倒的な立場の違いを利用して、徹底的に相手をコケにする。そうして相手がどう反応するのかを好奇の目で見てくるのだ。


 こいつはどんな顔をするのかな。どうやって諦めるのかなって。


 俺はドラゴンをぶん殴ってやりたかった。

 でも行動には移すことができない。

 ドラゴンは身長が2メートル近くある大男。

 対して俺は160センチのチビでガリだ。

 この体格差では、ドラゴンを殴ったところで大した痛みも与えられない。逆に殴り倒されて、病院送りにされるのがオチだ。どう足掻いても、俺はドラゴンに勝てっこなかった。


「なんだその目は、ゴキブリ。また殴られたいのか?」

「くっ……」


 俺は奥歯を噛み締めてうつむく。

 俺にできるささやかな反抗は、この最悪な二択をできるだけ悩まずに答えることだ。悩んで苦しむほど、ドラゴンを喜ばすだけだった。


「……わかった。脱退する」


 俺は言った。

 パーティーに残って中卒になるよりも、パーティーを抜けて高卒の資格を得たほうが、将来的にいい就職先につけると判断した。

 俺はプライドよりも金が大事だ。


「決まりだ。あばよゴキブリ。学校で会っても絡んでくるなよ」


 ドラゴンが小馬鹿にするように俺の頭をぽんぽん叩いてくる。


〈堂本雷轟より申請が来ています。パーティーを脱退しますか?〉


 脳内に謎のアナウンスが響き渡った。

 

【はい/いいえ】という文字が思い浮かぶ。


 はいを選択すれば、俺のこれまでの努力がすべて無駄になる。

 今まで何のためにこいつらのおもちゃに成り下がっていたのだろうか。

 俺は憎々しくその文字を認識し、心底嫌だったが、決断を下した。


【はい】


 謎のアナウンスが脳内で響く。


〈神々の後見のもと御部桐斗のパーティー脱退を承認しました〉


 神々。自らを八百万の神と称する謎の存在。

 彼らはダンジョンに関わるすべてを管理し、ダンジョンを探索するよう人間社会に干渉してくる。これまで、ダンジョン探索に否定的な国には制裁を与え、肯定的な国には恩恵を与えてきた。


 スキルもその一つだ。


 唯一神を崇拝していた西アジアなどの人々も、今では複数の神を許容する寛容な教えに改宗した。ダンジョンが現れてから、一神教の国々は淘汰されていった。


 神々にはわからないことが多すぎる。

 なぜ人間たちにダンジョンを探索させるのか、なぜ人間たちにその様子を配信させるのか、なぜこの世界のシステムを途中で変えたのか――


 ただ一つ、明らかなこともある。

 神々のルールは絶対だということだ。

 日本の法律よりも、神々の法のほうが優先される。神々が支持すれば、人殺しだって許容される。日本政府、世界中の国家はそれに抗えない。


 だから俺は、神々が承認したパーティー脱退を覆すことはできない。


「脱退ついでにもう一つ頼まれてくれねェか?」


 ドラゴンが俺の頭を掴み、ぐりぐりと揺らしてきた。


「お前のチャンネルで和解動画を出してくれ」

「和解動画?」

「つまりアレだ。ドラゴンから謝罪を受けた、彼はとても反省しているってやつだ。『彼はいつもの芸風でいじってたつもりだが、ネタの範疇を越えてやりすぎてしまった。視聴者には心配をかけた。学園からもちゃんと指導が入り、メンバーと話し合って、パーティーを脱退することにした』ってな感じで言っときゃ大丈夫だ。視聴者はバカしかいねェから、二人同時に和解動画を出しときゃ、そのうち炎上も収まる」


 つくづくクズだな。

 自分の保身のために、最後まで俺をこき使うつもりなのだ。

 こういうときだけずる賢く頭が回る。


「俺はまだ、ドラゴンの口から謝罪の言葉を聞いてないぞ」

「あ? なんでオレがお前に謝んねェといけねェんだ? バカか?」


 そんなの、わかっていたことだ。

 俺は掛け布団の下で拳を握り、悔しい姿を見られぬように耐えた。


「いいなゴキブリ、今日中にあげろよ和解動画」

「どうせ断ったら退学なんだろ?」


 ドラゴンのやり口はわかっている。


「話が早いじゃねェか、ゴキブリ」


 ぺちぺちと二度、ドラゴンに頬を叩かれる。


〈【鳥籠の卵】があなたの行動を静観しています〉


 鳥籠の卵。俺のチャンネルをフォローしている神様。


 何を考えているかわからない不気味な存在だ。

 いつもじっと俺の行動を観察している。

 なぜか2年ほど前から俺を推しているらしいが、ドラゴンの神様とは違って何の支援もしてくれない。ただじっと、俺を見ているだけだ。


〈【鳥籠の卵】はあなたの葛藤に興味を抱いています〉


 神様は視聴者のようにコメントを発することはしないが、ときどきこうやって反応を示してくれる。人によっては、神様から直接ギフトをもらえることもあるようだ。


〈あなたは【鳥籠の卵】から寵愛を受けました〉


 こんなふうに。


「って、え?」


〈【鳥籠の卵】からユニークスキル【修練と時の部屋】を授かりました〉


 なんだって?




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る