第10話「謎の深まり」
満月の翌日。目覚めた時、部屋の中は既に昼下がりの光に包まれていた。時計を見ると13時を回っている。夜型生活に慣れた体は、まだ重たさを感じさせる。俺は大きく伸びをしながら、ベッドから這い出した。まるで、昨夜の記憶という名の泥沼から、必死に這い出すかのように。
頭の中では、昨夜の出来事が、まるでぐるぐる回るコインのように、止まることなく回転している。マヤの占い、オヤジのカレー屋、そしてあのガネーシャ像。全てが繋がっているような、でも何一つ確証が持てないような、そんもやもやとした感覚が、胃の底に沈殿しているようだ。
キッチンに向かい、適当に冷蔵庫の中身をかき集めて軽い食事を作る。トーストを齧りながら、俺は昨日の出来事を頭の中で整理しようとした。しかし、どう考えても筋が通らない。まるで、ピースの欠けたジグソーパズルを完成させようとしているような、そんな徒労感だ。
「くそ...このままじゃ、埒が明かないな」
呟きながら、俺は決断した。今日、もう一度マヤのところへ行こう。仕事までまだ時間がある。今なら、ゆっくりと話を聞ける。
準備を整えて家を出る。外の空気が、俺の肺に新鮮な酸素を送り込む。まるで、昨夜の靄を吹き飛ばすかのように。歩きながら、俺は水晶に触れた。ポケットの中で、それは小さな存在感を主張している。この水晶が、本当に何かの鍵になるのだろうか。それとも、単なる飾りに過ぎないのか。
街を歩きながら、俺は人々の表情を観察した。みんな、何かに追われているように見える。でも、その「何か」が何なのか、誰も気づいていないようだ。俺も、きっと同じような顔をしているんだろう。
15時、俺は再び「占いの館マヤ」の前に立っていた。昨日と同じ古びた洋館。昨日と同じ香りが、鼻をくすぐる。しかし、今日の俺は昨日とは違う。より冷静に、より慎重に、真実を見極めようとしている。
「いらっしゃい、ユキトさん」
ドアを開けると同時に、マヤの声が聞こえた。まるで、俺の来訪を予期していたかのように。
「こんにちは、マヤさん。突然すみません。ちょっと...占ってもらいたくて」
俺は適当な理由をつけた。しかし、マヤの目は、俺の本当の意図を見抜いているようだった。
「ああ、そうですか。では、奥へどうぞ」
マヤは穏やかな微笑みを浮かべながら、俺を奥の部屋へと案内した。
テーブルに着くと、マヤはゆっくりと口を開いた。
「で、今日はどんなご相談ですか?」
「実は...」俺は言葉を選びながら話し始めた。「昨日からずっと、不思議な夢を見ているんです。その夢の意味を知りたくて」
マヤは深くうなずいた。「夢は、私たちの潜在意識からのメッセージです。どんな夢だったのですか?」
「夢の中で、僕は迷宮のような場所にいました。壁には見覚えのない文字が書かれていて...」
俺は、完全な嘘とも言えない、かといって全くの真実でもない話を続けた。マヤの反応を見ながら、少しずつ核心に迫ろうとする。
マヤは黙って聞いていたが、突然、俺の言葉を遮った。
「ユキトさん、あなたは本当に夢の意味を知りたいのですか?それとも...別の何かを探しているのでは?」
その言葉に、俺は思わず息を呑んだ。まるで、心の奥底を覗き込まれたような感覚だ。
「いえ、そんなことは...」
言葉を濁す俺に、マヤは優しく微笑んだ。
「大丈夫です。真実を求める心は、尊いものです。でも、時に危険を伴うこともある。覚悟はできていますか?」
俺は黙ってうなずいた。マヤの言葉は、まるで蜘蛛の糸のように俺を引き寄せる。
「あなたが見ている迷宮は、この世界そのものかもしれません。そして、壁に書かれた文字は、この世界の真理を表しているのかもしれない。でも、その文字を読むには特別な"眼"が必要です」
「特別な"眼"...それは、一体?」
マヤは、まるで俺の質問を予期していたかのように、すぐに答えた。
「それは、あなた自身の中にあります。探せば、必ず見つかるはずです」
俺は眉をひそめた。またしても、具体性のない答え。しかし、何故かその言葉に引き込まれそうになる。
「マヤさん、昨日いただいた水晶は...」
「ああ、あれですか」マヤは穏やかに微笑んだ。「あれは、あなたの"眼"を開くための鍵かもしれません。でも、使い方は自分で見つけなければなりません」
俺は、マヤの言葉の真意を探ろうとしたが、まるで霧の中を手探りしているような感覚だった。
「そうですか...」俺は少し諦めたように言った。「でも、まだ分からないことがたくさんあって...」
マヤは突然、机の引き出しから一枚の紙を取り出した。
「これを、あなたに」
俺が受け取ったのは、奇妙な文字列が書かれた紙切れだった。
「これは...?」
「あなたの探している答えへの道しるべです。でも、今はまだ読めないでしょう。その時が来れば、自然と理解できるはずです」
俺は困惑しながらも、紙を慎重にポケットにしまった。まるで、爆弾の導火線を扱うかのような慎重さで。
「ありがとうございます」俺は立ち上がった。「また、来てもいいですか?」
マヤは柔らかく微笑んだ。「ええ、もちろん。あなたの"眼"が開くまで、いつでも」
俺はポケットから財布を取り出し、5,000円札を一枚取り出した。
「占いの料金です」
マヤは少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに穏やかな笑顔に戻った。
「ありがとうございます。でも、前回はサービスだと...」
「いえ、今回はちゃんとした占いをしてもらいましたから」俺は微笑みながら言った。「これでいいんです」
マヤは黙ってうなずき、料金を受け取った。「ユキトさん、あなたは正直な方ですね。その姿勢が、きっとあなたを真実へと導くでしょう」
その言葉を胸に、俺は占いの館を後にした。外に出ると、頭の中はさらに混乱していた。マヤの言葉、暗号のような文字列、そして水晶。全てが繋がっているようで、しかし何一つ明確な答えは見えない。
俺は深いため息をついた。仕事の時間が近づいている。職場に向かう途中、公園のベンチに腰掛けた。ポケットから例の紙切れを取り出し、じっくりと眺める。
文字列は、まるで蟻の行列のように、意味もなく並んでいるように見える。しかし、よく見ると、ある種のパターンがあるようにも思える。だが、それが何を意味するのか、まったく見当がつかない。
「くそ...」俺は呟いた。「これじゃ、まるで暗号解読ゲームだ」
そう、これは一種のゲームなのかもしれない。マヤが仕掛けた、俺への挑戦状。だとしたら、俺はこの挑戦を受けて立つしかない。
水晶を取り出し、夕陽に透かして見る。その中に、何か答えが隠されているようにも思えるが、結局のところ、ただの石ころにしか見えない。
「特別な"眼"か...」
俺は再び深いため息をついた。この謎を解くには、まだまだ時間がかかりそうだ。しかし、諦めるわけにはいかない。カエデのこと、オヤジのこと、そしてマヤのこと。全てが何かで繋がっているはずだ。その糸を手繰り寄せるには、もっと情報が必要だ。
立ち上がり、職場に向かう。今夜も、バーカウンターの向こうで、人々の喜怒哀楽を観察しながら、この謎について考え続けるだろう。そして、きっと何かのヒントを掴めるはずだ。
街の喧騒が、俺の混乱した思考を包み込んでいく。しかし、その中にあっても、俺の心は静かに燃え続けていた。この謎を解き明かすという決意が、まるで小さな炎のように、俺の中で灯り続けている。
バー「Nexus」に到着すると、俺はいつものように制服に着替え、カウンターの向こう側に立った。グラスを磨きながら、ポケットの中の紙切れのことを考える。あの奇妙な文字列、一体何を意味しているのだろう。
「よろしく頼むぜ、ユキト」
先輩バーテンダーの声に、軽く頷き返す。今夜も、人々の喜怒哀楽を観察しながら、この謎について考え続けるんだ。
カクテルを作りながら、俺は突然思いついた。そうだ、マリカーを呼ぼう。あいつなら、きっと何か新しい視点を提供してくれるはずだ。
スマートフォンを取り出し、メッセージを送る。
「おい、マリカー。今夜こそ店に来ないか?どうしても相談したいことがあるんだ。少し奢るから、頼む」
しばらくして返信が来た。その着信音は、まるで俺の心の中に光明が差し込むかのようだった。
「おう、今日なら行けるぜ。何か面白そうな話があるのか?楽しみにしてるよ」
俺は小さく笑みを浮かべた。よし、これで新たな一歩を踏み出せる。マリカーと一緒に、この謎を解き明かしていこう。
カウンターに向かいながら、俺は決意を新たにした。この暗号、水晶、そしてマヤとオヤジの関係。全ての謎を、必ず解き明かしてみせる。
そう、これは俺たちの、新たな冒険の始まりなのかもしれない。
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