第5話「友情の代償」
「どうしよう...」ミサキが不安そうに呟く。
カエデは黙ったまま、友人の顔を見つめていた。「ミサキ、本当に両親のことで悩んでるの?」
ミサキは驚いた表情を浮かべた後、悲しそうに頷いた。「うん...最近、急に両親の仲が悪くなって。毎日喧嘩ばかりで、家にいるのが辛いの」
カエデは優しく友人の肩に手を置いた。「そっか...大変だったんだね」
「うん」ミサキは目に涙を浮かべる。「でも、マヤ先生の言う通り、この儀式で何か変わるかもしれない。両親の関係も、私の未来も...」
カエデは唇を噛んだ。「ねえ、ミサキ」カエデが真剣な表情で言う。「実は...最近、おじいちゃんの遺言書を見つけたの」
ミサキは驚いた表情を浮かべる。「えっ、遺言書?」
カエデは小さな声で続けた。「うん...私に100万円の遺産があるって書いてあったの」
ミサキは一瞬言葉を失った。「え...100万円?」彼女の声は震えていた。「でも、カエデちゃん...それはカエデちゃんのお金だよ。私のために使うなんて...」
カエデは友人の肩に手を置いた。「ミサキ、あなたの幸せは私の幸せでもあるの。それに、これはあなたの家族のためでもあるんだから」
ミサキの目に涙が浮かぶ。「カエデちゃん...」彼女は言葉を詰まらせた。「私、こんなに大切にしてもらって...でも、本当にいいの?」
カエデは苦笑いを浮かべた。「実は...問題があるの。20歳になるまで受け取れないんだ。あと1年以上ある...」
「そっか...」ミサキはため息をつく。「私たち、何をすればいいんだろう...」
カエデは突然思いついたように言った。「そうだ!お兄ちゃんはもう20歳を過ぎてる。もしかしたら、お兄ちゃんならもう遺産を受け取ってるかも」
「え?じゃあ...」
「うん、お兄ちゃんに相談してみよう」カエデの目に希望の光が宿る。「きっと理解してくれるはず。私たちの気持ちを...」
カエデは更に続けた。「それでも足りない分は、私がガールズバーでバイトするわ。お兄ちゃんがバーテンダーだから、コツも教えてもらえるし...」
ミサキは目を見開き、言葉を失った。数秒の沈黙の後、彼女は慌てて口を開いた。
「え?ガールズバー?」ミサキの声は驚きで裏返っていた。「カエデちゃん、今何て言ったの?」
カエデは少し赤面しながらも、決意を込めて答えた。「ガールズバーでバイトするって」
ミサキは信じられないという表情で友人を見つめた。「待って、カエデちゃん。もしガールズバーでバイトしなきゃいけないとしたら、それは私の方だよ?それに...」彼女は少し困惑しながら続けた。「カエデちゃん、そんな子じゃないでしょ。普段の大人しい性格からは想像もできないよ」
「でも、ミサキのために...」カエデは小さな声で言った。
ミサキは優しく、しかし決然とした態度でカエデを遮った。「私の家族のための資金だもの。カエデちゃんにそこまでしてもらうわけにはいかないよ。それに...」
ミサキは一瞬躊躇したが、真剣な表情で続けた。「カエデちゃん、覚えてる?前に占いで言われたこと。女性アイドルの才能があるみたいって私に話してくれたじゃない」
カエデは驚いて目を丸くした。「え?それがどうしたの?」
「ガールズバーで働くことは、アイドルになる夢と相反するわ」ミサキは諭すように言った。「アイドルは清純なイメージが大切。そんな場所でバイトしてたって知られたら、デビューの機会を失うかもしれないよ」
カエデは口を開いたが、何も言えずに閉じた。
ミサキは優しく微笑んで続けた。「カエデちゃんの才能は本物だと思う。だからこそ、その才能を大切にしなきゃ。ガールズバーじゃなくて、カラオケボックスでバイトするとか、そっちの方がいいんじゃない?歌の練習にもなるし」
カエデは少し恥ずかしそうに頷いた。「そっか...ミサキ、ありがとう。私、夢中になりすぎて、大切なことを忘れてたよ」
「そうそう、それでこそカエデちゃんだよ」ミサキは安心したように笑った。「私たちの問題は、別の方法で解決しよう。カエデちゃんの夢を諦めさせるようなことは絶対にしたくないもの」
二人は見つめ合い、静かに頷き合った。その瞳には決意の光が宿っていたが、同時に不安の影も垣間見えた。
カエデの心の中では、兄への信頼と、秘密を明かすことへの恐れが葛藤していた。ミサキは友人の献身的な行動に感謝しつつも、自分の無力さに苛まれていた。
そして、彼女たちには気づく由もないが、この決断が思いもよらない結果をもたらすことになるのだった。
― ― ―
短い仮眠のつもりだったのに、目を覚ましたのは夜の8時頃だった。頭がぼんやりとする中、俺は起き上がり、時計を確認した。
「まずい、こんなに寝てしまうなんて...」
顔を洗って頭を冷やし、少し気分をリフレッシュさせる。リビングに向かうと、カエデの姿はまだない。そう言えば、昨日のメモにはこう書いてあったな。「お兄ちゃんへ。明日、友達と占いに行ってくるね。夜遅くなるかも。心配しないでね!」
深いため息をつく。心配しないでって言われても、心配しないわけにはいかないだろ。特に、最近のカエデの様子を見ていると。
突然、外の空気を吸いたくなり、軽く上着を羽織って外に出た。満月前夜の月が、まるで俺の不安を映し出すように大きく空に浮かんでいる。街はまだ活気に満ちており、人々が行き交っている。その光景を見ていると、じっとしていられなくなった。
「少し、歩いてみるか」
そう呟きながら、目的もなく歩き始めた。頭の中では、カエデのこと、カレー屋のこと、そして自分の将来のことが、ごちゃ混ぜになって渦を巻いている。
街を歩きながら、人々の表情を観察する。楽しそうに笑う若者たち、疲れた表情で帰宅する会社員たち、そして、どこか寂しげな表情で一人歩く人々。それぞれの人生に、それぞれの物語がある。そして、その全ての物語が、この街という大きな物語の一部なのだ。
「俺の物語は、どんなものになるんだろう」
そんなことを考えながら歩いていると、突然、見慣れた建物が目に入った。ファミレスだ。そして、その店内に見覚えのある姿が...。
「あれ、カエデ?」
ガラス越しに、カエデとミサキらしき女の子が真剣な表情で話し合っている姿が見える。二人の前には、紙らしきものが広げられている。まるで、何かの作戦を立てているかのようだ。
その場に立ち尽くす。妹に声をかけるべきか、それとも見なかったことにして立ち去るべきか。心の中で葛藤が起こる。頭上では満月前夜の月が、まるで俺の決断を待っているかのように静かに輝いている。
結局、声をかけることなく、その場を離れることにした。しかし、カエデの真剣な表情が、頭から離れない。一体、何を話し合っていたのだろう。そして、なぜあんなに真剣な表情をしていたのだろう。
家に帰る道すがら、頭の中は更に複雑になっていった。カエデの秘密。カレー屋の謎。そして、自分の将来。それぞれが独立した問題のように思えるが、どれも同じように俺の心を重くしている。
「俺は、一体何をすべきなんだ?」
その問いへの答えは、まだ見つからない。しかし、何かが起ころうとしている。そんな漠然とした予感が、心の中で大きくなっていった。月明かりが照らす街の喧噪を背に、重い足取りで家路を急いだ。
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