第4話「占いの館」

家に着くと、静寂が彼を迎えた。カエデの姿はない。そう言えば、昨日のメモにはこう書いてあったな。「お兄ちゃんへ。明日、友達と占いに行ってくるね。夜遅くなるかも。心配しないでね!」


ユキトは深いため息をつく。心配しないでって言われても、心配しないわけにはいかないだろ。特に、最近のカエデの様子を見ていると。


部屋に戻り、ベッドに身を投げ出す。天井を見上げながら、今日の出来事を整理しようとする。でも、頭の中は相変わらずぐちゃぐちゃだ。まるで、カレーのルーを作る時のように、様々な要素が混ざり合い、どろどろになっている。


「はぁ...」


もう一度ため息。目を閉じると、急に睡魔が襲ってきた。そうか、こんな時間に起きて、こんなに長い時間歩き回ったんだ。疲れているのも当然か。


眠りに落ちる直前、カエデのことが頭をよぎる。大丈夫だろうか。占いなんかに騙されたりしないだろうか。...いや、カエデは賢い子だ。大丈夫なはずだ。そう自分に言い聞かせながら、ユキトは深い眠りに落ちていった。


その頃、カエデは友人のミサキと共に、「占いの館マヤ」を訪れていた。


古びた洋館風の建物の前に立つと、ミサキは少し緊張した様子で深呼吸をした。


「大丈夫?ミサキ」


カエデが心配そうに声をかける。


「うん、大丈夫。ちょっと緊張しちゃって」


ミサキは笑顔を作って答えた。しかし、その目には不安の色が浮かんでいる。


二人で入口のドアを開けると、香の匂い​​​​​​​​​​​​​​​​が鼻をくすぐった。薄暗い室内には、不思議な雰囲気が漂っている。壁には星座や占星術の図が飾られ、棚にはパワーストーンや占いの本が並んでいる。


「いらっしゃい」


突然聞こえた声に、二人は驚いて振り返った。そこには、白髪の老婆が立っていた。それがマヤだった。


「お待ちしていましたよ」


マヤは穏やかな微笑みを浮かべながら、二人を奥の部屋へと案内した。


部屋に入ると、中央に丸テーブルが置かれ、その上には水晶が鎮座している。マヤは二人をテーブルの前に座らせると、自身も椅子に腰掛けた。


「さて、今日はどのようなご相談でしょうか」


マヤの声は低く、どこか神秘的な響きを持っていた。


ミサキが小さな声で答える。「私、家族のことで悩んでいて...」


「そうですか」マヤは深く頷いた。「若い方の多くが、そのような悩みを抱えていらっしゃいます。詳しくお聞かせください」


ミサキは躊躇いながらも、両親の不仲について話し始めた。彼女の声は震え、時折途切れる。言葉を紡ぐ度に、その瞳に涙が浮かぶのが見えた。


「最近、急に両親の仲が...」ミサキの声が掠れる。「毎晩、壁越しに聞こえる怒鳴り声で...眠れない夜が続いて...」


カエデは友人の手を握り締めた。その手が冷たく、小刻みに震えているのを感じる。


マヤは深く、ゆっくりと息を吸い、目を閉じた。部屋に重い沈黙が降りる。


突然、マヤの目が開いた。その瞳に、何か異質なものが宿っているように見えた。


「あなたの悩みを理解しました」マヤの声が、先ほどより一オクターブ低く響く。「では、あなたの運命を占ってみましょう」


その言葉が部屋に満ちた瞬間、不思議なことが起こった。


まるで宇宙の息吹を感じたかのように、部屋の空気が微かに震えた。カエデとミサキの肌に、かすかな静電気のようなものを感じる。


そして、突如として、部屋の明かりが徐々に薄れていった。


「あ...」カエデが小さく声を上げる。


光が消えていくにつれ、二人の心臓の鼓動が加速していく。暗闇が迫る中、彼女たちの目はマヤの姿を必死に捉えようとする。しかし、マヤの姿はまるで闇に溶け込むかのように、徐々に見えなくなっていった。


完全な暗闇が訪れる直前、マヤの目だけが不思議な光を放っているように見えた。


そして、世界が闇に包まれた。


カエデとミサキは息を潜めた。自分の鼓動が耳に響く。暗闇の中で、時間の流れが歪んでいるかのように感じられた。


突如、青い光が闇を切り裂いた。


水晶が、まるで内側から命を吹き込まれたかのように、幻想的な青い光を放ち始めた。その光は、星屑のように部屋中に広がっていく。


薄暗がりの中、青く照らし出されたマヤの顔が、ゆっくりと二人に向けられる。その表情は、この世のものとは思えない神秘さを帯びていた。


「さあ、あなたの運命を見てみましょう」


マヤの声が、まるで異次元から響いてくるかのように聞こえた。その声に導かれるように、カエデとミサキの視線は水晶に釘付けになる。


マヤの手がゆっくりと水晶に近づく。その指が光に触れた瞬間、水晶の輝きが爆発的に増す。青い光が渦を巻き、宇宙の星々が舞っているかのような幻想的な光景が部屋中を包み込む。


二人の息が止まった。


そして、マヤが口を開いた。


「あなたには、特別なカルマがあります」


マヤは静かに説明を始めた。「カルマとは、前世からの因果関係のことです。あなたの場合、家族の絆に関わる使命が、現世にまで影響を与えているのです」


ミサキとカエデは息を呑んで聞き入る。


「実は...」マヤは少し躊躇うように言葉を切った。「私も若い頃、あなたと同じように家族の問題で悩んでいました」


二人は驚いた表情でマヤを見つめる。


マヤは続けた。「家族の不和に苦しみ、将来が見えず、毎日が不安で仕方なかった。そんな時、ある方に出会い、アカシャ・ジェムの儀式を受けたのです」


「アカシャ・ジェム...?」ミサキが聞き返す。


「そう、アカシャ・ジェムです」マヤは懐かしむように目を細めた。「これは霊石の中でも最も強力で稀少な一種なのです。古代の叡智が宿るとされ、宇宙の記録を読み取る力を持つと言われています」


マヤは小さな箱を取り出し、中から神秘的な輝きを放つ宝石を見せた。「この儀式を受けてから、私の人生は大きく変わりました。家族の絆が修復され、人生の道筋が見えてきたんです」


マヤは立ち上がり、部屋の明かりをつけた。青い光に包まれていた空間が、一気に現実味を帯びる。


「申し訳ありません」マヤは少し恥ずかしそうに笑った。「こういった話をする時は、はっきりと物事を見る必要がありますからね」


彼女は机の引き出しからそろばんを取り出し、玉を弾き始めた。その動きに合わせて、マヤの唇が小刻みに動く。ほとんど聞き取れない小声で、断片的な言葉が漏れ聞こえてくる。


「...仕入れ値...輸送費...」

「...香料と...」

「...儀式の準備...」

「...特別な...」


時折、マヤは眉をひそめ、そろばんの玉を激しく弾く。その度に、さらに小さな呟きが聞こえる。


「...やはり高くなってしまう...」

「...しかし、これはやむを得ない...」


やがて、マヤは顔を上げ、申し訳なさそうな表情でミサキを見た。


「実は、このアカシャ・ジェムを使った儀式には、それなりの対価が必要になるんです」


「対価...というと?」ミサキが恐る恐る聞く。


マヤは躊躇うような素振りを見せた後、ゆっくりと口を開いた。「108万円ほどになってしまいます」


「108万円!?」二人は声を揃えて驚いた。


マヤは、その反応を予期していたかのように、穏やかな表情で微笑んだ。彼女の声には、揺るぎない確信と深い共感が滲んでいた。


「確かに、私も計算してみましたが、高額であるのは間違いありません」マヤはゆっくりと、しかし力強く語り始めた。「しかし、これはあなたの人生を変える投資なのです。私自身、若い頃に全財産を投じてこのアカシャ・ジェムの儀式を受けました」


彼女の瞳には、真摯な光が宿っていた。それは、長年の経験と確信に裏打ちされた輝きだった。


「このアカシャ・ジェムの力は、他の霊石とは比べものにならないほど強大です。人生を根本から変える力があるのです」マヤは、まるで自身の体験を語るかのように続けた。「私が今こうしてあなた方の前にいるのも、全てこのアカシャ・ジェムのおかげなのです」


マヤの言葉には、少しの迷いも感じられなかった。それは、まるで揺るぎない真実を語っているかのように感じられる。


「この儀式を受けなければ、あなたは一生、本来の幸せを掴むことができないかもしれません。私は、あなたにも私と同じように、人生の真の意味を見出してほしいのです」


ミサキとカエデは顔を見合わせた。その目には戸惑いと、しかし同時に希望の光も浮かんでいる。


「少し、考える時間をいただけますか?」ミサキが小さな声で言った。


「もちろんです」マヤは優しく微笑んだ。「焦る必要はありません。ただ、アカシャ・ジェムの効力は満月の夜に最も高まります。次の満月までに決断していただければ」


二人は深々と頭を下げ、占いの館を後にした。外に出ると、まぶしい陽光が二人を包み込んだ。​​​​​​​​​​​​​​​​

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