第8話 領地へお出掛け①
一旦自室に戻り、街へ出かけるための支度をするために侍女を呼ぶ。
侍女のアンネロッテは私がこの家で暮らしていた頃から勤めていて、今朝の支度も担当してくれた。気心の知れた相手である。
「スノウと街へ出かけるだけだから、動きやすい服ならなんでもいいです。適当に見繕ってください」
「いけません、ルティナお嬢様! スノウ様との久しぶりのお出かけなのに、そんなに気合の入らない態度では。しっかりとお化粧をして、お洋服もルティナお嬢様に最高にお似合いのものを選びましょう!」
張り切って言うアンネロッテに、私は思わず気圧されてしまう。
「そ、そこまで気合を入れる必要があるのでしょうか……?」
「当たり前です! そのほうがスノウ様もお喜びになられます!」
まぁ、私もお洒落をすることが嫌いなわけではないので、アンネロッテにお任せすることにする。
派手顔なせいか、あまり気合を入れて化粧をすると舞台女優みたいになってしまうのだけれど、そのことを分かってくれているアンネロッテの手に掛かれば、とても綺麗に仕上げてくれた。
お洋服も、私の『動きやすい服』という要望を答えつつも、私の瞳の色に合わせた可愛らしいピンク色のワンピースを用意してくれた。袖を通すと、シルエットが美しい上にとても軽い。
長い金髪も、清楚な雰囲気に整えてくれた。
「ありがとうございます、アンネロッテ。城の侍女にはいつも上手く要望が伝えられなくて、いつも妙に派手になってしまっていたので、すごく嬉しいです」
「ルティナお嬢様はキリッとした美女なので、普通にお化粧をすると目力がすごく強くなっちゃうんですよね。そっちのルティナお嬢様も格好良くて素敵なんですけれど、もっと自然体のお姿のほうがスノウ様がグッとくると思いまして、優しい雰囲気に仕上げました。我ながら大成功です!」
スノウがグッとくる……? 私に殴り掛かりたくなるという意味かしら? スノウの態度が急に変わったと思ったけれど、あの子の反抗期はまだまだ根深いのかしら……。
アンネロッテに言葉の真意を尋ねようと思ったのだけれど、扉がノックされてしまった。
「義姉さん、僕だけれど。そろそろ準備はいい?」
「はい。ちょうど支度が出来ましたわ」
スノウの呼びかけにきちんと答えてしまい、結局アンネロッテに尋ねることが出来ないまま部屋の外に出る。
彼もしっかりと出かける準備をしていて、上品なジャケットとスラックス姿だった。普段のスノウは魔術討伐があるせいか、騎士のように動きやすい詰襟タイプの洋服を着ていることが多いので、なんだかとても新鮮だった。
もしかすると城での夜会やお茶会では、彼もこのような衣装を着ることも多かったのかもしれないけれど。当時は冷た過ぎる義弟の態度に戸惑っていたので、スノウの衣装にまで気が回らなかったのよね……。
「そういうお洋服も良く似合いますね、スノウ。『氷雪の貴公子』と呼ばれているのも伊達ではありませんわ。とても格好良いです」
私はスノウを褒めたが、彼は無反応だった。……いえ、無反応とはちょっと違うかもしれない?
スノウは着飾った義姉を見て、顔を赤くして黙り込んでいた。スノウはあまり日に焼けない体質なのか肌が白いので、赤面すると耳や首筋まで赤くなってしまう。
「……もしかして、一緒に歩くのも恥ずかしい格好でしたでしょうか? アンネロッテが頑張ってくださったのですが、私には似合いませんでしたか……」
自分ではとても気に入っていた服装だっただけに少し落ち込んでしまう。頑張ってくれたアンネロッテにも、私という素材が悪いせいで申し訳ないわ。
そう思っていると、スノウが突然大きな声を出した。
「違う!! 義姉さんがすごく綺麗だなって思っていただけだよ……っ!!」
「そうなのですか?」
似合わない格好をしている義姉とは一緒に歩きたくない的な、反抗期ではなく?
私が義弟の言葉を信じ切れていないのが伝わったのか、スノウは私の髪に触れ、そっと手櫛でとかした。彼の節くれだった長い指の間で、私の髪がサラサラと零れていく。
「義姉さんがあまりに綺麗で、うっかり言葉を失っていたんだ。……十五歳で義姉さんがこの屋敷を去ってから、もう三年も経つんだ。あなたが大輪の薔薇のように美しく成長していても当然だよね。それを一番近くで見守ることが出来なかったのが、悔しいくらいだ」
「スノウ……」
また、なんだか、義弟の雰囲気が甘すぎるような気がするわ……。
どう反応したらいいのか分からず視線を彷徨わせると、アンネロッテが親指を立てる仕草をしている。あれは確か平民の間で流行っている『いいね! 最高!』のポーズだったかしら?
結局正解が分からず、私はスノウの背中をぐいぐいと押して、とにかく街へ向かうことにした。
「さぁ、スノウ! お買い物に行きましょう! いろいろと入用ですから!」
「ははは。そうだね、義姉さん」
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