第9話 領地へお出掛け②



「ねぇ、スノウ。あんなにたくさん買わなくても良かったんじゃないかしら……?」

「だって義姉さん、城からほとんどドレスを持って帰ってこなかったんでしょ? 宝飾品や小物も。侍女から聞いてるよ」

「あれはアラスター殿下の婚約者に割り振られた予算で購入したものですから。殿下と婚約破棄した以上、国庫へお返ししなければいけません」

「義姉さんの考えに僕も賛成だよ。『王太子殿下の婚約者』として贈られたものなんて、この領地に持ち込む必要なんかない。過去のものだ。今日買ったものは全部僕からのプレゼントだから、気兼ねなく着てね」


 なんだか、私がドレスを持ち帰らなかった理由と、スノウが賛成している理由が微妙に違う気がするのだけれど……。

 それがどう違うのか自分でも上手く説明出来なかったので、「ありがとう、スノウ」と諦めてお礼を伝えた。


 それでも、馬車にどんどん運び込まれる荷物の多さにやはり困惑してしまった。隣でスノウが、「これは一時しのぎ用の既製品だから、オーダーメイドしたものは出来上がり次第、屋敷に届くよ」とわざわざ説明してくる。

 私が領地にいつまでいるかは分からないけれど、今日買ったドレスすべてに袖を通す前に、嫁ぎ先が見つかる気がするわ……。


「それより義姉さん、必要な分のドレスや宝飾品は買ったから、次は日用品を買いに行こう。目抜き通りから少し離れた場所に新しい商業地区が出来たから、義姉さんに紹介したいんだ」

「そうなのですか? それは非常に楽しみです」


 エングルフィールド公爵領の街中は活気に溢れていて、今私たちがいる目抜き通りの目立つ場所には昔から懇意にしている老舗高級店が多く建ち並んでいた。懐かしい街の様子を見ていると、この地に帰ってきたのだと改めて実感する。

 しかしスノウの言う新しい商業地区も見てみたい。私がいない間に街の様子がどんなふうに変化したのか、知りたかった。


「馬車で行くには道が狭いし、すぐ近くだから歩いて行こう。お手をどうぞ、義姉さん」

「はい」


 スノウにエスコートされるのはまだ少し気恥ずかしいけれど、手を繋いでしまえばむしろホッとした。家族だから安心するのかもしれない。


「義姉さん、ここが新しい商業地区だよ」

「わぁ……! 賑やかですね! 以前は人通りの少ないただの裏通りという雰囲気でしたのに、たった数年でこんなに人の集まる場所が出来るだなんて……」


 新しい商業地区とスノウが言っていただけあって、目抜き通りと変わらないくらいに領民の往来があり、通り沿いには小さな店がたくさん並んでいた。


「どのお店も新しいですけれど、建物の形が全部同じですね。お店に並んでいる商品も、エングルフィールド公爵領では見たことがないものばかり……。あちらの布小物は北部地域で伝統的な刺繍作品ですし、こちらの焼き菓子は東部地域でしか食べられないものでは……?」

「流石は義姉さん。目の付け所がいいね」


 スノウはセルリアンブルーの瞳を柔らかく細めて、優しく笑いかけた。


 私は思い切って疑問を彼に投げかける。


「一体どうしてこのような商業地区を新しく作ることになったのですか、スノウ?」

「魔獣被害で家を失った者たちが、エングルフィールド公爵領に移住してくることが昔からよくあったでしょ」


 スノウの言葉に、私は頷いた。


「ええ。小さな村や街には、強い魔獣が現れても討伐出来る者がおりませんから。住む場所を失った者は、『どうせ移住するならば魔力量の多い大貴族のお膝元で暮らしたほうが安全だ』と、王都や四大公爵領にやって来ることが多いですわね」

「そうやって移住してきた者たちに住居や仕事を斡旋するのも、領主の仕事だ。義姉さんが王都へ行ってから、お義父様がその仕事を僕に任せてくれるようになったんだ。それで移住者たちと面談をしてみたんだけれど、以前は職人や商いをしていた者が結構いてね。商業ギルドとも話し合って、ここに新しい商業地区を作ることになったんだ。店舗はエングルフィールド公爵家の出資で建てて、今は店主に貸し出している形だよ。経営が上手くいけば店主が店舗を買い取ればいいし、駄目だったら次の希望者に貸し出せばいい。店舗は全部同じ間取りの建物にして、費用も抑えたんだ」


 わ、私の義弟はなんて天才なのかしら……!?


 事も無げに言うスノウに、私のほうが気持ちが高揚してしまった。


「凄いですわ、スノウ!! そんな解決策を見つけて実行まで出来るなんて、あなたは素晴らしい後継者です!!」


 私はつい、子供の頃のように彼の頭を撫でてしまう。プラチナブロンドの細い毛が指の間を通りすぎ、懐かしい柔らかさを堪能する。


 しかしすぐにハッとして、私はスノウの頭から手を離した。


「ごめんなさい、スノウ! あなたはもう十七歳の立派な青年でしたのに、まるで子供扱いのようなことを……っ!」


 スノウは目を丸くしたが、怒ってはいないようで「ふふ」と笑い声を漏らした。


「義姉さんが僕のことを『もう子供扱いしてはいけない青年』だと思ってくれただけ、大きな進歩だ。……ねぇ、義姉さん、子供扱いじゃなくてただ僕を可愛がって?」


 そう言ってスノウは、私の目の前に頭が来るように屈んだ。

 褒めてほしいと言うことなのかしら? ……でも、なんだか妙に恥ずかしいわ。ただ義弟を甘やかすために、頭を撫でるだけなのに。


 私が戸惑っていると、スノウが上目遣いで「早く」と催促してくる。もうどうにでもなれ、という気持ちで、私は彼の頭を再び撫でた。


「義姉さんに頭を撫でてもらうの、嬉しいな」

「そっ、そうですか……」


 通りの端でこんな奇妙なことをしている公爵家後継者に領民たちが気付かないはずもなく、小さな子供が「あっ! スノウ様だ!」と声を上げた。その声につられるようにして、領民たちがスノウの周囲に集まってくる。


「スノウ様、この間の魔獣退治でぼくのお父さんを助けていただき、ありがとうございました! スノウ様のおかげで畑の作物への被害も少なかったって、お父さんが言ってました!」

「いつも領地の見回りをありがとうございます、エングルフィールド次期公爵様。ぜひ、うちの店の新商品を味見して行ってください」

「あら、ルティナお嬢様も里帰りですか? ご姉弟で並ぶと、お二人とも相変わらず目の保養ですねぇ」


 気が付けば私まで領民から話しかけられてしまい、そのまま新しい商業地区を見て回ることになった。スノウは行く先々の店で店主たちからお礼を言われていたり、商品をもらったり、新しい相談事が舞い込んだりしていた。


 とても領民たちから慕われているのね。それだけ彼が後継者としてこの地に貢献してきた、ということなのだろう。義姉としてとても誇らしいわ。


 そんな義弟の様子を眺めて、私は改めて決心をする。スノウはこのままエングルフィールド公爵家を継ぐべきだわ。屋敷を出て行くべきなのは私だ、と。


 やはり、父にお見合いがしたいと話してみよう。私が相手を選ばなければ、それなりに縁談も見つかるでしょう。

 しっかりと覚悟が決まると、空が先程よりも清々しく、晴れ渡って見えた。




【あとがき】

またまたレビューを頂きました!!!

ありがとうございます(♡ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾

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