第7話 家族会議



 朝食を終えて父の執務室へ向かおうとすると、後ろからスノウが付いてきた。


「どうしたのですか、スノウ? あなたはこれからお仕事があるのでは?」

「義姉さんはこれから、今後についてお義父様と話し合うんでしょう? 僕も一緒に聞くよ。大事な義姉さんのことだからね」

「そうですか?」


 確かに、スノウにも参加してもらうべきなのかもしれない。何せ彼を後継者として推し、私は他家に嫁ぎたいという話なのだから。スノウも当事者の一人だ。


 いろいろと考えてみたけれど、結局争いごとの火種になる私がエングルフィールド公爵領に留まるよりも他家に嫁ぐのが一番いいのではないか、と私は結論付けた。問題は、魔力量が激減してしまった私なんかを誰が嫁にもらってくれるか、ということなのだけれど。

 それに関しては父に頑張ってもらうしかない。膨大な魔力が減ったとはいえ、私は腐ってもエングルフィールド公爵家の血筋の娘だもの。後ろ盾がほしい家や持参金目当ての家、後妻話くらいならあるいくつか見つかるでしょう。


 私はスノウを伴い、気合を入れて父の執務室に入室した。





 執務室にある応接セットで、父の向かいのソファーに義姉弟で並んで座る。

 父がスノウに目配せをすると、スノウは真剣な表情で私に語り掛けた。


「義姉さんは今、魔力を失って大変つらい想いをしていると思う。どこまで義姉さんが魔力を取り戻せるか分からないけれど、僕もお義父様も、義姉さんのことを精一杯支えるつもりだよ。まずは義姉さんがどんなふうに魔力を失っていったのか、教えてほしいな」

「あ、はい。ソウデスワネ」


 私は『魔力を失ったので他家に嫁ごうと思います!』という気満々だった口で、スノウの最も過ぎる話に頷いた。魔力を失ったのなら、まずは原因を突き止め、取り戻す努力をするべきだったのである。私ときたら少々思い切りが良すぎて、魔力を失ったなら失ったなりの身の振り方ばかり考えてしまっていた。

 アラスター王太子殿下も魔力を失った原因を探すより、『ルティナが魔力を失ったのなら、次はマデリーンを婚約者にするか』という結論に至っていたけれど、あの御方に関しては、早々に魔力量の多い婚約者を用意しなければ国内の魔獣被害が拡大するので仕方がなかったと思う。

 けれど私自身だけは、もう少し魔力を失った原因を探すべきだったわ。魔力を取り戻せるのなら、そのほうが良い縁談に恵まれるに決まっているし。


「えっと……。私が魔力を失ったのは、今から三週間ほど前のことになります」


 アラスター殿下と共に北の森に出現した火炎竜ファイヤードラゴンの討伐のために、ひと月ほど遠征した後のことだ。火炎竜は繁殖期であったために北の森を焼き尽くして巣作りをしようとしており、討伐するのになかなか苦労した。

 討伐が終わった後は数日休暇がもらえるのでのんびりしていると、マデリーンから『久しぶりにルティナに会いたい』という手紙が届いた。なので急遽お茶会を準備し、彼女を城に呼んだ。


「私ったら火炎竜討伐で随分疲れていたみたいで、マデリーンとのお茶会の途中で眠ってしまったんです。でもマデリーンはいつも優しいので、『ルティナが疲れているところに会いに来てしまって、本当にごめんなさいね』って、許してくださいました。体調管理が出来なかった私が悪いのに、マデリーンには本当に申し訳ありませんでしたわ。それで、その夜は早めに眠ったのですが、……次の朝には魔力を失っていたのです」


 私の突然の異変にアラスター殿下が医師や学者を呼んで調べてくれたけれど、『原因不明で魔力を失った』という結果しか出なかった。それゆえアラスター殿下はすぐに婚約者のすげ替えを手配するしかなかったのだ。


「マデリーンが老化やストレスで魔力量が減ることがあると話していたけれど、火炎竜との討伐が私にとってかなり負担だったのかしら……?」


 でも、魔獣討伐はいつだって大変で、火炎竜討伐が特別だったわけではない気がするのだけれど。アラスター王太子殿下や婚約者である私たちに回ってくる魔獣討伐は、上位貴族たちでさえ倒すことが出来なかった『災害級』ばかりだもの。アラスター王太子殿下で討伐が無理なら『伝説級』となり、いよいよ国王陛下と王妃様たちの出番となる。


「義姉さん側の話は分かったよ。義姉さんを診察してくれた医師や学者にもあとで手紙を出して、その時の義姉さんの状態を聞いてみよう。構いませんよね、お義父様?」

「ああ勿論だ、スノウ。私からも一言添えておこう」


 スノウは他に、私の最近の睡眠時間や食事量など様々な聞き取り調査を行った。まるで専属医師みたいだわ。


 しばらくすると執務室の扉がノックされ、騎士がスノウを呼びに来た。どうやら領地の外れに魔獣の目撃情報が届いたらしい。現場に見回りへ行かなくてはならなくなったスノウは「分かった。すぐに行くよ」と答えると、メモを取っていた手帳を胸ポケットにしまう。


「僕のほうでも、義姉さんのように魔力量が激減した事例があるかどうか調べてみるよ。義姉さんは気を落とさないで、屋敷でのんびり過ごしていて」


 スノウは過去の忌まわしい事件のせいで、魔力に関して独学で調べることが生活の一部になっていた。昔見たスノウの部屋の本棚には魔力に関する論文や資料がぎっしりと並んでいたし、王家から没収されなかった亡父の本も手元に置いている。


 一度、魔力について調べるのはつらくはないかと彼に尋ねたことがある。母親に施された実験を思い出してしまうのではないかと、私は心配だったのだ。

 その時スノウは、「自分の魔力とは一生付き合っていかなきゃならないからね。知識を得ることはとても大事なことだよ。もう二度と魔力暴走なんか起こしたくないしね」と言っていた。

 スノウは強い男の子なんだなぁと、感心したことを覚えている。


 私は見回りに出掛けようとするスノウの広い背中に声を掛けた。


「スノウもいろいろと忙しいのに、私の魔力のことまで調べようとしてくれて本当にありがとうございます。あまり無理はしないでくださいね。見回りのお仕事、気を付けていってらっしゃい」


 義弟は甘い微笑みを浮かべて、こちらに振り返った。


「大丈夫。無理なんかしてないから。じゃあ行ってきます、義姉さん」


 退室していく彼を見送ると、執務室は私と父の二人だけになった。

 いい機会なので、他家に嫁ぎたい旨を父に伝えようと思ったのだけれど、「私もこれから仕事だが、ルティナはゆっくりしていなさい」と言われて退室を促されてしまった。

 仕方がない。次の機会にしましょう。


 私はその日一日、屋敷の使用人たちに再会の挨拶をして回り、結構楽しく過ごした。




【あとがき】

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