第七章 第四節 「作戦決行/魔女と赤い街」

 それから魔女裁判の日までは飛ぶように過ぎて行った。……もっとも数日だけだったけれど。その間、学校や街の中で『魔女マジョ』に関する話が聞こえるようになった。廊下をすれ違う生徒からも魔女の話、街を往く人からも魔女、そして教会の近くでは魔女裁判の話。正直、頭が痛くなった。挙句の果てには私の親からも魔女の話が出た。怖かったのは「魔女は怖い、早くいなくなってほしい」という声だったのだ。……事情を知らない人からしたら、それが一番の選択肢に見えるんだろうけれど。とにかく内心穏やかじゃなかった。




 魔女裁判の日が近づくにつれて、教会の人たちを頻繁に見かけるようになった。学校で集会の最後に教会の人が話をしたり、街頭演説のようなことをやっている教会の職員、教会前でいつも誰もいない入り口前で何人か立っていたり。言いたくはないけれど、悪い意味でお祭りのような雰囲気だった。




 そしてその日はやってきた。

 魔女裁判。街全体がその話で持ちきりになった。街の中ではただ“不幸を遠ざける”程度のお祭りとして扱われていた。街は賑わい、道路はごった返し、人が皆外へ出ている。

 その中、私は浮かない顔で歩いていく。目指すは教会。鞄にはシスターの服を入れて。




 教会付近にたどり着くと、紗矢ちゃんが既に待っていた。


「お待たせ」

「ぜんぜん! シェリーちゃんもお揃いで」

「……和泉さん、今日は、よろしく……」


 控えめに差し出されたシェリーの手を、紗矢ちゃんは目を輝かせながら握り返した。……この数日でもあんまり距離が縮まった感はなかったけれど、とりあえず一緒に行動するのに問題はなさそうで良かった。


「行こっか!」


 紗矢ちゃんに案内されて、私たちは教会の敷地へ向かう。だけど向かったのは教会の裏口だった。


「ここ……?」


 知らない入口。そもそもその近くは木々で覆われていて入れることも知らなかった。


「ここのことは詳しいから」


 なるほど。そして紗矢ちゃんは堂々と裏口から教会の建物内に入っていった。私と親友もそれに続く。

 明りが届かず薄暗い中を進んでいくと、控室のような所にたどり着く。誰もいないみたい。


「着替えよ」


 私たちは準備を始めた。前もって試着は済んでいるから、ここでアクシデントはないはず。




 無事に着替えを終える。すると紗矢ちゃんが口を開いた。


「あ……シェリーちゃん、すごい、雰囲気すごい!」


 見れば金髪碧眼のシスターさんがそこにいた。ああ、やっぱ西洋人の血ってすごいな……。様になりすぎて神々しい。


「そんなに?」

「鏡見てみなよ」


 鏡の前に立った彼女はすごく、悲鳴をちょっと上げて驚いた。まさか、彼女自分の容姿の魅力に気づいていないな?


「だ、誰この人……!?」

「シェリーでしょ」


 そんなボケをかます親友を横目に、鏡で私と、紗矢ちゃんの姿も確認した。紗矢ちゃんもやっぱ似合っている。スタイルがいいからかな、それとも日頃着ているのかな? 私は……やっぱコスプレ感がすごい。ちょっと自信を失くしそう。


「さ、予定は頭に入ってるよね? 午前はみおっちの状況を調べて、昼の三時までに救い出す」

「うん。紗矢ちゃんがいて良かったよ」

「え、え?! いやいきなり照れるわ! へへぇ」


 頬が赤い。不意打ちだったからかな。


「よし、行こう!」


 そして私たちのミッションは始まった。





 紫塔さんの状況は今日まで結局分からなかった。魔女裁判をやる以上、死んではいないだろうけれど。ちゃんとご飯は食べているのか、意外と元気なのか、それとも、もう人間扱いされていないのか。そんなことを想像したくはないけれど、たぶん、嫌でも対面することになる。

 思っていた通り、教会の建物内に紫塔さんらしき人影、そして彼女を隠せそうな場所は無かった。もしかしたらこの教会に隠された部屋(例えば地下室とか)があるのかもしれないけれど、そんな途方もない捜索をする余裕はちょっと無かった。なにより紗矢ちゃんが「ない、絶対」っていうからそれを信じていた。




 聖堂の捜索を終えたら十時過ぎ。刻々と迫るタイムリミットに少し、焦っていることに私は気づいた。――ここでしくじったら、紫塔さんはもう後がないんだぞ。


「聖堂じゃなかったら、どこだろう……?」

「うーん……アタシの勘なら……」


 教会の敷地内、聖堂以外にもいろんな建物がある。そのどこかに彼女を隠しているんだろうか?


「あそこだ!」


 紗矢ちゃんの差した指の向こうには古い小屋があった。あそこに……?


「時間ない、行ってみる!」


 紗矢ちゃんは一人で駆けだそうとした。私もシェリーも置いていかれないようについていく。無我夢中で、紫塔さんを救いたい一心に走る速度を上げていく。小屋の中は空っぽ。めげずに、周囲の建物を捜索するけれど、彼女を見つけることはできなかった。




 刻々とタイムリミットは迫り、気づけばもうすぐ十四時を回る。後半からはもう焦りで頭がいっぱいでもう「どうしよう、どうしよう」と私は気が気じゃなかった。だんだん紗矢ちゃんの表情も険しくなっていて、そんな中ただ一人シェリーがいつもと変わらず(紗矢ちゃんといるからちょっとクール目な振る舞いだったけど)冷静さを忘れなかった。事前に紫塔さんを救い出すという手はもう取れない。ならば。


「会場へ行こう」


 私の声で、二人頷いた。





 教会前には人がごった返している。まるで大型フェス会場だ。『魔女裁判』というのを一目見ようと押しかけた人たちは、一体どういう気持ちでここにいるんだろう。本当に魔女の処刑を見たいのか……? たとえそれが、人の形をしてたとしても。


「あれ……あれは……!」


 紗矢ちゃんの枯れたような声、それと同時に私も分かった。それはこの前と同じような、いやその時以上に大げさに装飾された十字架。そこにはりつけにされた魔女の姿。意識は無いようでぐったり、その乱れた長髪を垂らしている。髪の間から覗く彼女の顔は、想像の何倍も青白い。


「っ……!」


 紗矢ちゃんは言葉を失った、足が止まった。私も一瞬呆気に取られる。でも、ここからだ! ここで頑張らないと、紫塔さんは処刑されてしまう!


「行くんでしょ! 二人とも!」


 そんな中でやっぱり、親友だけが冷静さを失っていない。彼女に手を引っ張られ、私も反射的にギャルの手を掴んで、人混みをどうにかかき分けていく。

 前に進むにつれて密集度が上がって、隙間も無くなる。


「すいません、通ります!」


 私が声を張り上げて周囲に伝える。このシスターの服であれば、関係者と思われて道が開けると思ったから。実際に皆そう思ったのだろう、どんどん道は開かれた。よし、あと少しで紫塔さんのいる壇上へと行ける!


「待ちたまえ!」


 腕を掴まれ、声がした。見ると、牧師さんがいたのだ。


「君たちは何をしている?」

「補充です! スタッフが体調不良で!」


 バロウズ牧師の目は、鋭く、私たちを捉えた。


「今日は欠員はいない。浅はかだったな」

「!!」


 ここで終わるわけにはいかない! 腕を振り払おうとするけれど、大人の男の力に勝てない……!


「帰りたまえ! 今ならこの注意だけで済む」

「嫌だ! あの子は私の友達だ! 大事な人なんだ!!」


 ぐぐ、と腕の痛みが増す。折れてしまうのでは、と思った矢先に突然牧師は突飛ばされた。


「行って! 晴香ちゃん!!」


 シェリーが思い切り体当たりをしたらしい、牧師が倒れた。その隙に、私と紗矢ちゃんは壇上へと向かう。


「反逆のともがらか――仕方あるまい、鎮圧班……」


 トランシーバーで会話し始めたそんな牧師の声は、人混みと、私たちのトラブルに驚く人々の声に消えていく。混乱する人混み、そこに抜け道が正しく示されるわけもなく、縫うように一歩ずつ壇上へと向かう。階段に足をかけると、「紗矢!」と声が聞こえた。


「何をしているの! 紗矢!!」


 シスター服、どうやら紗矢ちゃんのお母さんらしかった。


「ママ! こんなことやめて!!」

「そんな馬鹿な娘に育てた覚えはありません」


 すると紗矢ちゃんのお母さんは、遠慮のない平手打ちを紗矢ちゃんに叩き込んだ。紗矢ちゃんの口から、赤が流れる。


「こんなことをして、どうなるかわかってるの!?」

「退いて!!」


 私は力の限り叫ぶ。すでに騒ぎに対応する大人たちが私たち、壇上の元へと集まってくる。マズい、まずいまずい!!


「早く、助けないと!!」


 紫塔さんの十字架はもう五歩も歩けば届く距離。彼女は未だ、眠り続けている。鞄からナイフを取り出すと、集まってくる大人たちは皆、うろたえた。


「……!」


 大人たちを威嚇いかくするつもりはなかった。紫塔さんを捕えている縄を、一刻も早く切り落としたかった。


「待ってて、紫塔さん……!」


 彼女の元へ駆けだす。すると固まっていた大人たちは一斉に私の元へと集い、そして私の腕が、足が、捕えられてしまった。


「やめて……やめて!!」


 私のナイフは紫塔さんの元へと届くことはない。ただ暴力的な力に押されて、もみくちゃになって、ナイフは行方をくらました。もう駄目なのか……!?




 突如、が鳴り響いた。大きなそれは、会場を黙らせるのに十分な一発。誰がやったのかわからない。今近くにいない紗矢ちゃんやシェリーが用意してくれたものかもしれない。

 私は一瞬緩んだ拘束をほどいて、紫塔さんの所へ向かう。なら……!

 私が十字架の前に立つ。紫塔さんを背にして。


「これから行われることは、惨殺なんだ!!」


 既に混沌と化している会場は、逃げまどう人たちが増えた。突然凶器を持った人、そして謎の爆発音があったのだ、無理もない。


「――呆れる」


 そんな人混みから一人ぽつんとこちらに向かってくる、バロウズ牧師。牧師の目は、もう聖職者というよりも私には冷酷な鬼の目に見えた。


「君たちはもう裁かねばならない。魔女にくみするものとして。君に言っておく。君を遠距離からスナイパーが狙っている。大人しく投降すれば、命は助けよう」

「嫌だ!」


 ここで引くわけには行かない。私は断固として、ここを離れてはいけない。


「私とて、無駄な血で手を汚したくはない」

「じゃあ紫塔さんの血は無駄じゃないっていうの!?」

「ああ。魔女はこの世から排除せねばならない」


 ふつふつと私の中で感情が湧きたつ。でも、それを伝えてくれる力はない。


「そんなのおかしいよ!! 魔女マジョに生まれただけで、紫塔さんが不幸になっていい理由にならない!!」

「歴史が証明しているのだ。魔女マジョは人々をたぶらかし、世を混沌にいざなう。そんな存在は、排除せねばならないのだ」

「おかしい、おかしいよ!!!」


 もう反論できる語彙ごいは私には無かった。悔しさが頬を伝うと、ただ立ち尽くすだけの自分にも悔しさが湧いてきた。


「私とて神の教えに従って生きている。一般人の君に手をかけたくはない」

「絶対に……!」


 その時、ふと背中に何かを感じた。ここにきて。もう私もまともな心理状態じゃない。何が背後にあるのか、分からない。


「撃て」


 冷酷な一言が聞こえた気がした。胸に熱が走った。口から勢いよく飛び出す血液。それを見て、私は終わりを実感した。


「……! っ……!」


 身体から力が抜けて、意識も遠くなる。私を呼ぶ声がした気がする。でも、もう私は終わりだ。こういうことだったんだね、紫塔さん。だけど、私は後悔していない。君の背負う運命は、絶対に間違っている。……悔しいなぁ、私にもっと、力があれば。ごめんね。





 輝く街並み。気が付くと、不思議な色の夜が目の前に広がった。赤い。でも、なんだかワクワクする、そんな不思議な赤色。


「ねえ」


 横から声をかけられた。見ると、久々に言葉を交わす、彼女がいた。


「紫塔さん。こういうことだったんだね」

「ええそうね。あなただけで変えられるような運命じゃない。だから、私はあなたを拒絶したの」


 目の前の横断歩道の信号が青に変わる。示し合わせたように、私も彼女も歩き出す。夜だからなのか、赤い夜の中を車は通りがかるけれど、歩行者は見当たらない。


「ここ、どこなの? あの世?」

「ここは私の世界よ」


 ……? 私は耳を疑う。彼女の発した言葉の意味が分からなかった。


「紫塔さんの世界って?」

「これが私の魔法マホウ。この空間を経由して、


 横断歩道を渡り切ると信号はすぐに赤に変わった。車道に車は見当たらなかった。


「それにしても」

「?」

「あなた、どうやってここに入り込んだのかしら?」





 目が覚めた。目の前に広がる、見慣れた部屋、そして漂う甘い匂い。ここは親友の部屋のベッドの上だというのはすぐわかった。首を動かすと、机で食事を取っている親友とギャルが見えた。彼女たちはご飯に夢中で私に気づいていない。

 じーっと、彼女たちを見つめる。気づいてくれないかな~、などと思いながら。きっと私の口角も上がっていた。

 おなかが空いている。二人が食べているパスタを見ていると、……おなかが鳴りそうだ! そう思ったらもうおなかは音を上げていた。二人、気づいてこっちを見た。


「……! 晴香ちゃん……! 晴香ちゃん!!」


 叶わぬ願いが叶ったような、そんな顔でシェリーは私を抱きしめた。驚いて私は言葉が出なかった。親友の肩越しに見える紗矢ちゃんの顔も、今にも泣き出しそうだ。


「はるっち……おかえり……」


 ん? と私はその言葉に違和感を覚える。『おかえり』……? まるで私が遠い旅に出たかのような口ぶり。聞こうと思ったけれど、シェリーの力強い抱擁はまだ終わらない。彼女の気持ちに沿ってハグを続けさせた。




「心配したんだよ……?」


 二分にもおよぶ盛大なハグを終えたあと、親友はそう言った。赤らんだ頬に気持ちが見えた。


「あの……心配したっていうのは?」


 その問いには紗矢ちゃんが答えた。


「覚えてない? はるっち、会場で爆発に巻き込まれて意識を失ってたの」


 ――なるほど。紫塔さんの魔法はきっと、そこを改変したんだ。私の記憶では胸を狙撃されて、瞬く間に命を落としたはず。


「そうだったんだ。……紫塔さんは?」

「……」


 二人、表情が曇った。まだ、私たちの計画は終わっていない、ということなのかな。




 こんこん、と部屋のドアがノックされた。誰だろう? てっきりこの家にいるのはここの三人だけだと思っていたのだけれど――。


「いいお湯だったわ」


 綺麗なロングヘアーを垂らして入ってきた彼女が見えて、私は――思わず涙腺が緩んだ。


「紫塔、さん……?」

「あら、おはよう、多知さん」


 ベッドから思わず飛び出して、彼女へと駆け寄る。思ったより身体に力が入らず、よろけたところを紫塔さんが受け止めてくれた。


「紫塔さん……久しぶりっ!」

「あら。ふふ……」


 この時の紫塔さんは、いつもより優しかった。そして彼女も、私をハグしたのだった。


「紫塔さん! 晴香ちゃんのハグの権利は私だけの物だよ!?」

「意外とみおっち……大胆だねぇ?」


 紫塔さんが元気そうで、良かった……! 


「久しぶりじゃないでしょう?」


 ! 彼女の言葉に、ハッとする。彼女は覚えているんだ。改変した現実を、あの赤い街でのひと時を。それでも――こうして、現実の中で再会できたことが、私は嬉しい!


「多知さん、あなたがどれくらい寝ていたかわかる?」

「えっと……一日?」

「五日間よ」


 聞き間違いかと思った。どおりで、おなかも限界まで減っているし、身体に力は入らない。


「お風呂にする? ご飯にする? それとも――」

「みおっち!? それ新婚さんの台詞だよ!?」

「あら、そうなの?」

「もう、シェリーちゃんがやきもち焼いてるよ~!」


 とりあえず、胸いっぱいの幸福感を抱えて、私は自分自身の身のお世話をすることにした。

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